安野モヨコの漫画「鼻下長紳士回顧録」を原作とする新作ミュージカル「MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN」が9月25日、ニューヨークでついにプレビュー公演の幕を開ける。

「MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN」リハーサルの様子(photo: Nina Westervelt)

構想から約6年。2023年の台本読み合わせ、25年のワークショップを経て、現在は開幕に向けたリハーサルや劇場での舞台づくりが大詰めを迎えている。日本で生まれた漫画を、ブロードウェイのトップクリエイターと実力派キャストが英語オリジナルのミュージカルとして立ち上げる、史上初の挑戦。その全貌が、いよいよ観客の前で明らかになる。

今回は、プレビュー開幕を目前に熱を帯びるリハーサルや、本番に向けて舞台が作り上げられていく様子を写真とともに紹介する。

美しさと毒が交錯

原作の「鼻下長紳士回顧録」は、2013年から18年まで女性向け漫画誌「FEEL YOUNG」で連載され、20年には文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した安野の代表作の一つ。

劇場でのテクニカルリハーサルの様子(photo: Andy Henderson)

舞台は20世紀初頭のパリ。つつましい娼館「ナイト・エッグ」で働く若き女性コレットは、そこを訪れる風変わりな客たちの幻想や告白、秘めた悲しみを書き留めていく。言葉を紡ぐ中で、“見られる対象”から“観察する者”へと変わり、自らの力に目覚めていく一方、幼なじみのレオンへの破壊的な執着からは逃れられない。

円形舞台を使った立体的な演出も見どころ(photo: Nina Westervelt)

華やかで退廃的な世界に渦巻く欲望、愛、孤独、そして人間の滑稽さ。安野作品ならではの美しさと毒が、音楽とダンスをまとい、ニューヨークの舞台に立ち上がる。

伝説の劇場が変貌

物語の舞台となるのは、マンハッタン・チェルシー、西27丁目に誕生する新劇場「The Night Egg at the Culture Club」。ここは、ニューヨークで約14年間にわたり上演され、日本人観光客にも人気を集めた没入型演劇「スリープ・ノー・モア」の舞台となった建物だ。

舞台は、かつて「スリープ・ノー・モア」が上演されていたチェルシーの劇場(photo: Andy Henderson)

さらに時代をさかのぼれば、同地には1990年代のニューヨークを象徴するナイトクラブ「Twilo」が存在した。ナイトクラブから没入型演劇、そしてオフ・ブロードウェイの新劇場へ。街のエンターテインメントの記憶が幾層にも重なる場所で、日本漫画から生まれた新たな物語が始まる。

舞台上ではパリの妖艶な娼館が忠実に再現される(photo: Andy Henderson)

劇場名の「The Night Egg」は、原作に登場する娼館「ナイト・エッグ」に由来する。客席は舞台を囲むように配置され、赤を基調とした妖艶な空間が広がる予定だ。現在は舞台づくりも進み、これまで完成イメージの中にしか存在しなかった「ナイト・エッグ」が、現実の劇場として少しずつ姿を現している。

「The Night Egg at the Culture Club」劇場イメージ

観客が足を踏み入れた瞬間から、そこは20世紀初頭のパリ。かつて「スリープ・ノー・モア」が観客を物語の中へ引き込んだ場所で、今度は安野モヨコの世界がどのように立ち上がるのか。作品だけでなく、劇場そのものも今回の大きな見どころになりそうだ。

トニー賞の才能集結

この大胆な舞台化を率いるのは、演出・振付を手がけるロブ・アシュフォード。トニー賞、オリヴィエ賞、エミー賞に輝き、2020年に原作と出合ったことからプロジェクトが動き始めた。

音楽・作詞を手がけたのは、「春のめざめ」でトニー賞とグラミー賞を受賞したダンカン・シーク。「アメリカン・サイコ」などでも知られ、ロックやポップスの感性を舞台音楽へと昇華させてきた彼が、安野作品の退廃的で妖艶な世界に新たな音を吹き込んだ。

本作の音楽・作詞を手がけたダンカン・シーク。プレビュー開幕を目前に控えた9月17日、56歳で死去した

しかし、プレビュー開幕を目前に控えた9月17日、シークは56歳で死去。本作は結果として、シークが手がけた最後の新作ミュージカルとなった。突然の訃報により開幕を見届けることはかなわなかったが、彼が生み出した新たな音楽は、来週から劇場で観客へ届けられる。

さらに舞台美術にはトニー賞3度受賞のスコット・パスク、衣装デザインには同賞8度受賞のキャサリン・ズーバー、音響デザインにはトニー賞受賞者のコーディ・スペンサーが参加する。照明はブライアン・トバー、ヘア&ウィッグはトム・ワトソンが担当。ブロードウェイの第一線を走ってきた才能が、一つの日本漫画のために集結した。

脚本を担当するリア・ナナコ・ウィンクラー(photo: Leni Kei)

脚本を担うのは、鎌倉生まれ、ケンタッキー州育ちの日系劇作家リア・ナナコ・ウィンクラー。日本のIPを新たな観客へ届けることに情熱を注ぐ彼女が、原作への敬意を込めながら、英語圏の舞台作品として物語を再構築する。

日本チームの6年間

作品をニューヨークへ運んだ中心人物の一人が、プロデューサーの黒川裕介 / TEAM RAYMANだ。日本人の投資家・プロデューサーとして日本のIPを原作としたブロードウェイミュージカル化に取り組み、約6年をかけて今回の長期オフ・ブロードウェイ公演へと導いた。

プロデューサーの黒川裕介 / TEAM RAYMAN(photo: Nina Westervelt)

製作陣には、エグゼクティブ・プロデューサーの松倉信行、山田信之介、アソシエート・プロデューサーの安藤優、古矢美花、大谷亮平、Yumiら、日本人が名を連ねる。原作、脚本、プロデュース、製作と、それぞれの立場から日本にルーツを持つチームが作品を支えてきた。間近に迫るオフ・ブロードウェイ公演、そしてその先に見据えるブロードウェイ進出へ。挑戦は今も続いている。

実力派キャストが勢揃い

主人公コレットを演じるのは、ブロードウェイ「ビートルジュース」のオリジナルキャストとして注目を集め、Netflix実写版「ONE PIECE」シーズン2にも出演するソフィア・アン・カルーソ。舞台、映像、音楽を横断する彼女が、愛と自立の間で揺れるコレットの危うさと強さを体現する。

主演を務めるソフィア・アン・カルーソ(photo: Nina Westervelt)

恋人レオン役には、「ビューティフル」「ジャージー・ボーイズ」で知られるコリー・ジェイコマ。ナナ役は「ティナ」でティナ・ターナーを演じたンケキ・オビ=メレクウェ、マダム役はドラマ・デスク賞ノミネート歴を持つジェニー・パワーズが務める。

ブロードウェイで活躍する実力派キャストが魅せる漫画の世界(photo: Nina Westervelt)

さらに「ライオン・キング」「アラジン」「アナと雪の女王」「レ・ミゼラブル」「ムーラン・ルージュ!」など、人気ブロードウェイ作品を経験してきた俳優たちが顔をそろえる。異なる舞台で磨かれてきた個性がぶつかり合い、どんな“ナイト・エッグ”を生み出すのかも見どころだ。

プレビュー公演は9月25日から、正式開幕は10月15日。日本漫画から生まれた新たな物語が、世界の舞台へ踏み出す瞬間まで、あと1週間だ。

MEMOIRS OF AMOROUS GENTLEMEN

期間
10月15日(木)〜2027年1月3日(日)
※プレビューは9月25日(金)から
場所
The Night Egg at the Culture Club
(530 W. 27th St.)
チケット
49ドル〜
公式Webサイト
https://www.memoirsmusical.com/