ケイ・ウォーキングスティック(Kay WalkingStick、チェロキー/スコットランド・アイルランド系ハーフ、1935年生まれ)
(ニューヨーク歴史協会で開催中の『ケイ・ウォーキングスティック/ハドソン・リバー派』展について)
ウオーキングスティックは、40歳を過ぎてから、チェロキー族とスコットランド・アイルランド系アメリカ人のハーフである自分を、いかにして包み隠さず、飾ることなく、純粋に作品に投影していくかを追求し続けた。彼女は、二つの全く違うイメージを左右に置くこと、長年描いていた抽象的な風景と全く異なる抽象画を並べる独自の表現に辿り着いた。木のパネルに描かれた2枚の絵、ディプティク(Diptych、二連板)には他にも理由がある――ハーフである自分の中に二つの存在を感じるからである。私は、木板を使うのはヨーロッパのキャンバスを使う伝統を避けるためではないかと思う。2007 年作「Our Land(我々の土地)」はこの2連板構造で、右にモンタナ州のビタールート山脈(ネズパース族のジョセフ酋長が米陸軍の追跡から逃れてカナダへの逃亡を図ったが不成功に終わった)の風景、左にパフレーシュ(Parfleche)という生皮でできたバッグのイメージを突き合わせている。パフレーシュはフランス語で「矢から守る」を意味する。先住民と取引をしたフランスの毛皮商人が頑丈な生皮の盾を指して最初に使用したという。平原地帯に住む先住民、特にネスパース族の伝統的なアートで、歴史的にほぼ女性だけによって作られてきた。ウォーキングスティックは、パフレーシュの抽象的で幾何学的なデザインに長年関心を持ってきた。作品の題名は、奪われた土地の返還、そして先住民の文化、歴史を訴えている。


2022年作「ナイアガラ」では、アメリカを代表する自然現象に新たな解釈をしている。「Our Land(我らの土地)」に使った左右対照的なイメージがこの作品でも生かされている。作品のほぼ中央が滝の落下地点に置かれ、左に瀑布帯と下流、右に瀑布帯に向かう水の上流を描いている。遥か向こうに広がる地平線の上の雲も、左右で異なっている。滝面を光の加減で日向と日陰のカーテンのように描くことで、ナイアガラ瀑布の広がりが見られる。滝は画面を超えて更に広がっている。右下にナイアガラ地域に先住し、今も住み続けているハウデノサウニー族のパターンベクターがある。画上でステンシルを繰り返して描かれたバターンは、見る者が滝に吸い込まれないように設置されたガードレールを思わせる。このパターンは部族の手芸品に由来する。とても効果的かつオリジナルな試みだ。白人に奪われた「アメリカ」を取り戻したいという強い意思を表しながら、自然の美しさへの畏敬の念を込めている。
ウォーキングスティックの略歴を見ると彼女の長年の努力が伺われる。90年代後半から2000年代初頭にかけてローマに長期的に滞在した。1988~90 年にはニューヨーク州イサカにあるアイヴィーリーグ・コーネル大学の美術学部で助教授、、1992~2005年は教授を務めた。83年全米芸術基金(National Endowment for the Arts (NEA):様々な芸術活動を支援する連邦政府機関)、95 年抽象表現主義画家ジョアン・ミッチェルの財団(Joan Mitchell Foundation )、 2011年ジャクソン・ポラックと妻で画家のリー・クラズナーの財団( Pollock-Krasner Foundation)から助成金や大きな賞を受けている。1959年ビーバー・カレッジ卒業直後に結婚し、二人の子供を育てながら類いまれな経歴を築いてきた。彼女の努力に私は感服するばかりだ。歴史協会での展覧会は、彼女が88歳になって開催された、50年の画家人生を辿る個展である。今年のヴェネチア・ヴエンナーレ国際美術展の出品作家の一人にも選ばれている。
この続きは3月13日(水)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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