「トップ交代で株価が上がることもあるんだ」
と学んだのは、ある米金融機関の有名CEOが引退を表明した時だ。ウォール街に君臨してきた重鎮だっただけに、彼の引退はマイナスの影響があると思われた。しかし、マーケットは新しい経営トップに期待を寄せ、株価は上昇した。

もちろん、トップ交代が株価に影響しない場合もある。ケース・バイ・ケースだが、日枝久フジ・メディア・ホールディングス取締役相談役(87)の退任ニュースを聞いて、そのCEOのことを思い出した。
元タレント、中居正広氏がフジテレビの女性社員とトラブルを起こしたと報道されたのが、昨年12月末。この問題で、スポンサー企業が手を引き、広告収入が命のテレビ局としては存続の懸念すらある。株主からもコーポレート・ガバナンス(企業統治)が機能していないと非難されてきた。女性社員に対する「人権」意識がないことも問題視された。それから3カ月も経って、41年間君臨してきた日枝氏の引退発表。しかも、退任は6月の株主総会後となる。あくまでも「辞任」ではなく「退任」の形にしたかったからだろう。テンポがスローだ。
しかし、退任発表の翌日3月28日には、フジの株価は上昇した。日枝氏の件だけではなく、独立した社外取締役を過半数にし、女性取締役の比率を3割以上にするなど、コーポレート・ガバナンスの改善を狙った発表が好感された。
コーポレート・ガバナンスという言葉は、日本では2000年ごろに紹介された。ガバナンス室なる部署が、次々に大手企業にあらわれた。しかし、それから20年以上経ってもフジテレビのようなケースが起きているのは問題ではないか。
中居氏の問題については、女性社員からの訴えが一部にとどまり、取締役会で情報が共有されなかった。訴えを知る前社長と少数の関係者の中で「隠蔽」ともいえる処理を選択した。週刊誌が報じてからも前社長が記者会見で明確な態度を取らなかった。前社長が辞任し、新社長の発表が1月下旬と、動きが異常にスローだ。
アメリカでは、不祥事なり経営不振なりの理由でトップが急に辞任する動きは、1カ月もかからない。選定・報酬委員会が次期CEOを決めるまでの間、暫定CEOが経営を引き継ぐこともある。これが、企業が危機に対応しようという姿勢を見せたとして株価上昇にもつながる。スピード感も上げの理由だ。
日本企業がみな、危機に対してフジのような対応をするとは思えない。でも、なぜガバナンス室があるのか、見直すいいケーススタディになったと思いたい。(津山恵子)

津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。専修大文学部「ウェブジャーナリズム論」講師。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。
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