ニューヨーク・ブロードウェイの名作「ウィキッド(Wicked)」で、日本人ステージマネージャーとして奮闘する横尾沙織さん。ロングラン公演に欠かせない“クオリティの維持”という重要な役割を担いながらも、「毎日お客さんの顔を見ると嬉しくなる」と語るほど、この仕事に夢中だという。

実は彼女がこの業界を志したきっかけも、そして初めてブロードウェイでインターンとして関わった作品もウィキッドだった。沙織さん自身、長年この作品の魔法に魅了されてきたひとりなのだ。

初演から20年以上が経ち、2024年には映画化という新たな展開も迎えた同作品。パート1 では、なぜ彼女がこの作品を選んだのかを。パート2となる今回は、彼女が語る「ウィキッドの魅力」に迫る。
◆ 「仲良くすることは心がけています」
「カンパニーのみんなが、本当に仲がいいんです」そう笑顔で話す沙織さん。実際にバックステージを案内してもらうと、行き交うスタッフの間では「Hi! How are you?」の声が絶えず飛び交い、温かな空気に包まれていた。そしてステージマネージャーとして多くの部署と関わる彼女は、まさに人気者。その場にいる誰もが、自然に彼女と会話を交わしていた。
「基本的に人が好きなので、つい喋ってしまいますね。でもたまに『喋りたくないな〜』と思う日もあるけど、頑張って喋るようにしています。劇場全体がみんなそうなんですよね。How are you? の声がけは頻繁に行うし、私たちのような仕事の人がムッとした態度で、話しかけないと全体の雰囲気もそうなってしまう。なので、たまに別のカンパニーの友人がこの劇場に遊びにくるとびっくりしていますね『みんな優しい!』って(笑)みんなで仲良くすることは心がけています」
◆ 初演キャストが帰ってくるも「謙虚な姿勢」
そんな居心地の良い環境作りを心がけていることで、演者にとっても「パフォーマンスしやすい空間」が出来上がっている。なんと20年前の初演時にディラモンド博士を演じたウィリアム・ユーマン(William Youmans)が2023年にカンパニーに戻ってきた。

格上のキャストに接するとなれば、気を遣う場面も多そうだが、沙織さんは「彼自身がとても謙虚なんです」と迷いなく言い切った。
「彼が毎日1番早く劇場に来ていて、私が来るといつも劇場の前に立っていて、何をしてるの?と聞くと『メディテーション(瞑想)をしていて、劇場とウィキッドにありがとうって言っているんだ』と。劇場に入っても毎日リハーサル室でヴォーカルウォームアップして、彼のシーンが来るまでセリフを練習し続けている。しかも毎公演、本当に毎日。彼みたいに頑張ろうって思うんですよね」

◆ 「人の力」が織りなす魔法
同作が上演されている「ガーシュウィン劇場(Gershwin theater)」は、1933席を有するブロードウェイ最大級の劇場。ダイナミックなシーン展開に加え、観客が舞台を見やすいようステージには傾斜がつけられており、時に“ダンサー泣かせ”とも言われるほどの工夫が施されている。「観る者を魅了するため」に、数々の技術や装置が緻密に計算されているのだ。
しかし、それらを動かし、舞台を成立させているのは機械ではなく、人。沙織さんをはじめとするスタッフの手と心によって、一つひとつの瞬間が創り出されてゆく。舞台で輝く魔法のような時間は、作品を信じ、愛する人たちの情熱の積み重ねでできており、そこに存在する人間力こそ「ウィキッド」が20年愛される理由なのだ。
取材・文・一部写真/ナガタミユ
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