2025年10月7日 COLUMN アートのパワー

アートのパワー 第67回 レッド・グルームス『ラッカス・マンハッタン より抜粋』展 (2)

ブルックリン美術館(2025年11月2日まで)

レッド・グルームスは「スカルプト・ジオラマ(sculpto-diorama)」の発案者として知られている。作品は狂騒的(ラッカス)なマンハッタンの様々な景観をカラフルな構築物で表現している。本展に出品されている「抜粋」は、1976年のオリジナル展覧会に出品され、翌年ブルックリン美術館に寄贈された2点「ザ・デイム・オブ・ザ・ナローズ」と「42丁目ポルノショップ」で、30年ぶりに展示された。当時の展覧会は、マンハッタンを題材とした総面積約600㎡を超える巨大なミクストメディア・インスタレーションで、「立体的な漫画本」と形容された。

 「42丁目ポルノショップ」

「ザ・デイム・オブ・ザ・ナローズ」というタイトルは、マンハッタンとスタテンアイランドを隔てる海峡「ナローズ」を航行するスタテンアイランド・フェリーの名称。Dameはイギリス英語ではSirに相当するが、アメリカでは威厳のある年配女性(船は女性)を表す古風なスラングである。今回、この作品は天井が高いアトリウムに設置されている。周囲には、フェリーターミナル周辺の街並みを描いたグルームスの水彩画が拡大して飾られ、観客は実際にターミナルにいるような気分になる。まず目に飛び込んでくるのは、当時のフェリー船体に記された「City of New York Marine and Aviation」の文字である。現在の船体には「Staten Island Ferry」と記され、24時間運行、1997年以降は無料で利用できる。

煙突から吐き出される黒煙は観客を過去に連れ戻す。青い布とその下に置かれた物体は、穏やかではない波の質感を再現し、桟橋を伝って揺れるフェリーに乗り込むのを体感できる。初期の展示では観客が船内まで歩けたが、現在は作品保護のためロープで仕切られ、船内を覗き込むことはできるだけである。フェリーには車両デッキがあり、バイクにまたがる強面の男や両舷の救命ボートが見える。その上の階には売店があり、売り子が幼い息子を抱えているタンクトップ姿の長髪の父親にホットドッグを手渡している。最上階では人々が海を眺め、カップルが寄り添い、船酔いした人が手すりにもたれている。こうした人間模様の細部への温かい眼差しが、グルームスらの作品を親しみやすく魅力的なものにしている。

20世紀初頭のタイムズスクエアには豪華な劇場が立ち並び、ブロードウェイ劇場街の一部を形成していた。しかしその後衰退し、42丁目の一角はポルノ映画館街となり、8番街の34丁目以北は、ポルノショップが並んでいた。

「42丁目ポルノショップ」の前には、得体の知れない巨大キャラクターが立っている。入口に回ると「18歳以上でオープンマインドの持ち主のみ入場可」と書かれたサインがある。狭い薄暗い店内にはさらに不気味な常連客のような男二人と店長モーの姿。最初は本物のポルノ雑誌に見える雑誌群も、よく見ると次第に露骨で皮肉な風刺パロディであることがわかる。魚眼レンズ(万引き防止用)や、辛辣かつ滑稽な雑誌タイトルが展示をさらに際立たせる。私には下品や猥褻という印象よりも、むしろ絵画的に抽象化された芸術作品として映った。

もう一つの空間では、作品群制作の1時間映画『Ruckus Manhattan by Red Grooms』が上映されている。88パイン・ストリート(ダウンタウン)の路面会場で行われた13か月にわたるプロジェクトの記録で、通行人もその制作過程を覗くことができた。白黒の早回し映像は、作業する作家たちのぎこちない動きがコミカルであり、創造の過程と高揚感を見事に捉えている。冒頭ではグルームスとグロスが象徴的建築物のスケッチを描き、共同制作者たちと設計図を検討する場面が映し出される。ワールドトレードセンターは高さ9m、自由の女神は約4.5mで制作された。建物を歪ませて組み立てた後、建築的細部を描き込む過程を観客も追体験できる。映画の終盤にはジャッキー・ケネディ・オナシスがグルームスを祝福する姿が映る。彼女がグランド・セントラル駅保存運動を推進し、最終的に1978年の連邦最高裁判所によるニューヨーク市ランドマーク法支持へとつながったことも思い起こされる。この映画は「ラッカス・マンハッタン」に込められた創造的エネルギーと努力、楽しさを見事に記録している。このビデオは、美術館に行けない人もvimeo.com/ondemand/groomsで5ドルでレンタルできる。

ブルックリン美術館では、10月11日から『モネ、ヴェネツィアにて』展も始まる。

ポルノショップの店内 
1975 年作品デビューを記念するカタログがなく展覧会情報を新聞形式にした。
新聞の見開きに参加した全制作者の写真や多数のドローイング、宣伝まで風刺

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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