連載157  山田順の「週刊:未来地図」 米中貿易戦争で中国は敗戦を受け入れるのか? (完) 人民元が変動相場制になる日 

それでも考えられる現実的な選択肢

 中国経済は、割安に評価された人民元により、廉価な工業製品を輸出して稼ぐという「経済モデル」で成り立っている。その輸出先の1位は言うまでもなくアメリカだ。
 したがって、関税をかけられればかけられるほど、経済は減速する。しかも、中国の輸出の50%は外資企業(日本企業も入っている)によるものと推定される。

となると、多くの外資企業は、今後、中国へのさらなる投資は控えるだろう。
 このような背景のなか、人民元の下落が止まらなければ、「いずれ切り上げに動かざるを得ないはず。そうして変動相場制も受け入れる可能性がある」という見方が、ウォール街では広がっている。
 中国にとって元安は、輸出品の輸出競争力を高めるが、エネルギー、食料品などの輸入物価の上昇を招く。逆に元高は、輸出品の輸出競争力を低めるが、輸入物価の下落から製造コストの低下や消費者物価の抑制、さらに外貨建て債務の返済負担の軽減につながる。
 あとは、この両者を天秤にかけて、北京がどう判断するかだろう。 
 ただし、人民元の切り上げから変動相場制への移行は、貿易戦争の敗戦を意味するので、メンツを重視する中国は受け入れないかもしれない。
 もし、変動相場制になれば、「実効レートから見て1ドル3元になる」と言われているので、これは耐えられるラインではない。プラザ合意で日本円の価値は2倍になった。この苦境を、日本企業は技術的優位と製品競争力で乗り切ったが、国からの補助金で成り立っている多くの中国企業は競争力を失うだろう。
 さらに、中国が人民元を切り上げても、FRBが利上げを続けるなかでは、元売り圧力をなくすことはできないだろう。
 それでもなお、「人民元切り上げ→変動相場制移行」は、アメリカが矛を下ろすためには、きわめて現実的な選択肢である。中国にとって、関税報復合戦が最悪な結果を招く以上、落としどころがあるとすれば、ここではないかと思われる。

人民元切り上げで日本はどうすべきか?

 では、最後に人民元の切り上げがあるとして、日本はどうすればいいかをまとめておきたい。
 人民元は、2005年までは固定相場制で、1ドル8.28元でドルにペッグされていた。そのため、いまでも人民元/円は、日常生活では当時のまま、およそ15円で計算してしまうクセが抜けきれない。管理フロート制といっても、変動幅は上下最大30%だから、これまではそれほど影響はなかった。
 もちろん、ビジネスとなると、ちょっとした為替変動でも、大きな差がつく。したがってもし今後、人民元が大幅に切り上がるとしたら、その影響は測りなく大きい。
 単純に見て、人民元の購買力が上がるから、日本からの輸入は激増し、対中現地法人の売り上げは上がるだろう。また、中国人観光客は、いま以上にどっとやってくるだろう。
 その反面、中国からの輸入品の価格は上昇する。日本の中国からの輸入品の主なものは、衣類、食料品、事務用機器などである。ごく単純化して言うと、たとえばユニクロの衣類は値上げしなければならなくなる。
 さらに、対日本だけではなく、中国製品は全世界に対して価格競争力が低下するので、これが輸出を押し下げ、中国の国内経済を減速させる。インフレ率も高くなり、中国経済の成長は落ち、場合によってはマイナスを記録する可能性もある。
 とすると、対中進出企業はこの影響をもろに受けてしまう。また、日本の対中輸出は中間財、資本財の比率が高いため、中国の輸出減速の影響を大きくかぶる。
 つまり、人民元の切り上げは、日本の対中輸出を押し上げるとしても、中国自身の輸出が減って景気が悪化するので、差し引きマイナスであろう。
 結局、製造ベースを中国に置いている日本企業は、今後、さらに「脱中国」を果たしていくほかない。中国から第三国に移すか、日本に戻すか、あるいはアメリカ国内に移転するかの選択に迫られることになる。
(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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