(この記事の初出は2025年2月4日)
“オレ様大統領”トランプの大統領令連発による「常識革命」は、各方面に大きな波紋を呼んでいる。その一つ、「出生地主義」の廃止は、結局、連邦地裁で「違憲」とされ、ストップがかかった。しかし、これは「大統領令の一時差し止め」だから、トランプは他の手段を使ってでも実行する可能性がある。
なぜ、アメリカ国内で生まれた子供は、誰だろうとアメリカ国籍を与えられるのだろうか? なぜ、それを憲法が保証しているのだろうか?
日本人から見たら考えられないこの法律は、なにを意味しているのだろうか?
日本の「血統主義」アメリカの「出生地主義」
日本人は、特例を除いて、日本人の親から生まれない限り日本人になれない。日本の国籍は与えられない。
国籍法によると、日本国籍を取得するには、次の3つの方法がある。
(1)日本国民である父または母からの出生(第2条)
(2)日本国民が認知した子による届出(第3条)
(3)帰化(第4条)
このうち、外国人が日本人になるための(3)帰化には、さまざまな要件が設けられている。
・引き続き5年以上日本に住所を有していること
・18歳以上で、本国の法律によっても成人の年齢に達していること
・素行が善良であること
・生活に困るようなことがなく日本で暮らしていけること
・日常生活に支障のない程度の日本語能力(会話及び読み書き)を有していること
しかも、日本に帰化すると、母国の国籍を失う。
つまり、日本は、血の繋がりを重視する「血統主義」(jus sanguinis:bloodline principle)の国であり、血統が違う日本人以外の外国人が日本人になるためのハードルは極めて高いのだ。
これに対してアメリカは、国内で生まれた子供は親がどこの国の人間であろうと、原則としてアメリカ国籍を得られる「出生地主義」(jus soli:birthright citizenship)の国である。
アメリカの領土内で生まれれば、それだけで国籍を得られるのだから、外国人でもアメリカ人に容易になれる。
無条件の出生地主義国はアメリカとカナダぐらい
このように血統主義と出生地主義は大きく違うもので、国家・国民のあり方を規定する。
ただし、世界のほとんどの国は一方の方式のみを採用していない。どちらか一方を原則としたうえで、補完的にもう一方の方法を採用している。
たとえば、血統主義一辺倒だったら、親が無国籍であったり、特定の条件を満たさなかったりした場合、子供は無国籍になってしまう。そのため、条件付きで出生地主義を採用している。
たとえば、EU諸国はほとんどが血統主義を採用しているが、移民受け入れにより、条件付きで出生地主義を取り入れている。
アメリカは、ほぼ無条件の出生地主義の国だが、国籍法で補充的に血統主義を採用している。それは、アメリカ国外で生まれた両親ともアメリカ人の子供、アメリカ人と外国人の親から生まれた子供に対して、国籍を付与するということである。
ちなみに、日本と同じように血統を重んじている血統主義の国は、中国、韓国、ドイツ、イタリア、スイス、ロシアなど。出生地主義の国は、アメリカ、カナダ、ブラジル、メキシコ、アルゼンチンなどがある。血統主義か出生地主義かで見ると、世界の国々は多くが血統主義であり、ほぼ無条件の出生地主義の国は、アメリカとカナダぐらいである。
中国人「出産ツアー」激増に頭に血が上った
トランプは、「人種差別主義者」(racist)であり「白人優位主義者」(white supremacist)である。したがって、これ以上白人以外の移民が増えて、アメリカが白人社会でなくなるのが許せない。
とくに、中国人が出生地主義を利用して、次々にアメリカ人になっていくのを見て、頭に血が上ったと言っていい。
そのため、前政権のときから、「出生地主義を再規定する」(redefining birthright citizenship)と言ってきた。
なにしろ、中国人の「出産ツアー」は2010年代に激増した。北京、上海に、中国人の妊婦をアメリカで出産させるためのツアー会社が次々に誕生し、多くの中国人妊婦がアメリカに渡った。
この出産ツアーは「赴美生子」(フゥメイションズ:アメリカに赴いて子供を生む)」と言われ、中国で流行語となった。
正確な統計はないが、「赴美生子」の数は、2010年代に毎年1万人以上に上ったとされる。とくに多かったのが、中国に最も近いアメリカ領のサイパンで、サイパンでは毎年、地元で生まれた子供の数をはるかに上回る数のチャイナベイビーが誕生した。
カリフォルニアでも、ニューヨークやフロリダでも、中国人の出産ツアーは激増し、ついにアメリカ移民税関捜査局(ICE)は2015年からに出産ツアー業者の摘発に乗り出した。
こうした背景から、トランプは前回の大統領就任時も、出生地主義の禁止を訴え、外国人妊婦の入国を拒否するため、短期ビザの発行を取りやめた。これは、バイデン政権でも引き継がれた。
したがって、今回の出生地主義廃止の大統領令は、敗者復活戦である。
この続きは3月6日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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