大統領令の出生地主義の廃止は「違憲」
トランプは、就任初日の1月20日に、一時的な滞在ビザでアメリカにいる人間や、滞在資格のない人間から生まれた子供については国籍を認めない大統領令に署名した。出生地主義の再規定=廃止である。
これに対し、「国籍付与の規定は憲法で定められており、大統領に変える権限はない」として、ワシントンなど4州が即座に差し止めを求めて訴えた。この動きは全米22州に広がった。
その結果、1月23日、連邦地裁は、弁論を開いて双方の意見を聞いたうえで、大統領令の一時差し止めを命じた。平たく言うと、大統領令は「違憲」(憲法違反)だというのだ。トランプの主張は、またしても敗れたのである。
ただ、それで引き下がるトランプではない。この先、この課題をなんとか実現しようと動くだろう。
では、なぜ、トランプの大統領令は違憲なのだろうか?
「地」の「属地主義」と「人」の「属人主義」
ここで、考えなければいけないのは、生まれた場所で国籍が決まるという出生地主義がなんで生まれたのかということである。
出生地主義は「属地主義」(territoriality principle)とも呼ばれ、対立する概念としては、「血統主義」よりも「属人主義」(nationality principle)のほうが明確である。つまり、法律の適用を「地」(=領土内)にするか、それとも「人」にするかということである。
具体的には、自国の領土内であれば外国人にも法を適用する、領土外なら適用しないというのが属地主義で、その国の国民なら領土外においても自国の法を適用するというのが属地主義である。
現代国家は、属地主義を原則としながらも、属人主義を併用しているところが多い。アメリカもまたそうで、アメリカはアメリカ国民が世界どこにいようと連邦税を徴収する。これは、典型的な属人主義である。ところが、国籍に関しては属地主義なのである。
属人主義から属地主義(出生地主義)へ
もともと、世界は属人主義だった。個人は、家族や部族や民族に属するもので、土地に属するものではないと考えられたからだ。これは、税に関して見るとはっきりする。いわゆる個人に対してかかる「人頭税」が典型的な属人主義である。
ところが、欧州において近代国家が成立し、互いに領土や植民地をめぐって争う時代になると、領土を基にした属地主義が行われるようになった。税も同じで、国の領土内における所得、取引などにかかる「源泉地国課税」が属地主義である。したがって、消費税も属地主義である。ちなみに、日本の税制は属地主義で、税金に関して属人主義を取るアメリカとは大きく違う。
近代において、国籍に関して属地主義である出生地主義を最初に取ったのがフランスである。現在、フランスは、両親が外国人の場合でも、フランスで生まれ、11歳から5年以上居住し、18歳に達したときにフランスに居住していれば、自動的にフランス国籍を取得できるとしている。
ドイツは長い間、血統主義を取ってきた。しかし、移民を入れるために、1999年に国籍法を血統主義と出生地主義の併用に改正した。親の一方がドイツに合法的に8年以上定住し永住資格を持っている、または3年以上無期限滞在許可を有していれば、その子供子はドイツ国籍を取得できるとした。
奴隷解放のために出生地主義を採用
属地主義である出生地主義で、もっとも寛容、つまり無条件なのが、アメリカである。親の国籍および滞在資格(合法、非合法、永住、一時滞在)に関わらず、領土内で生まれた子供には自動的に国籍を与えることを憲法が保証している。これは、カナダも同じだ。
なぜ、アメリカはここまで寛容なのだろうか?
それは、1868年7月9日に採択されたアメリカ合衆国憲法「修正14条第1節」が、そのままいまも生きているからである。そこには、次のように書かれている。
《合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。また いかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。》
なぜ、こんな条項ができたのだろうか?
この条項制定の目的は、1857年の「ドレッド・スコット対サンフォード判決」、すなわち、アフリカ系黒人(奴隷)を米国市民と認めないという判決を否認することだったからだ。つまり、南北戦争後の奴隷解放のための条項なのである。
この続きは3月7日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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