2026年3月13日 NEWS DAILY CONTENTS

俳優・小出恵介はなぜニューヨークを選ぶのか? 役者人生の先に見えた「存在意義」

「ニューヨークでの存在意義をより強固にしていくために、積極的に動いていきたいですね」

エンタメ最高峰の街・ニューヨークには、日本で幅広く活躍しながらも挑戦を続ける表現者たちがいる。俳優の小出恵介、彼もその一人だ。ドラマ「ROOKIES」(2008年)や「JIN-仁-」(2009年)、「のだめカンタービレ」(2006年)、映画「パッチギ」(2005年)など人気作品で関心を集め、その後も数々の映画、ドラマ、舞台で活躍しながら約20年にわたり芝居を続けてきた。日本では広く認知されている俳優だが、一歩ニューヨークに足を踏み入れると、ひとりのチャレンジャーとして街に存在する。

俳優として、ニューヨークと日本で活動する小出恵介

「確実に来て良かったと断言できる」小出が捉えるニューヨークの魅力やこの街で成し遂げたいこととは? 2026年1月、ニューヨークの寒さと活気が入り混じるミッドタウンで、インタビューした。

「全てゼロからのチャレンジ」

── ニューヨークと日本を行き来しながらも、この街での生活はもう8年目になるんだとか?

2018年にニューヨークに来まして、最初は語学学校や演劇学校に通いながらオーディションを受けたりしていました。その後、2020年にアーティスト・グリーンカードが取れたので、今は日本の芸能活動と並行しながらニューヨークで暮らしています。

── グリーンカードを取得されたのですね。最近では主演舞台や映画、配信ドラマの撮影などが続いたりと、日本での活動も忙しいと思いますが、その中でのグリーンカード取得というのは「アメリカでやっていきたい」という、ある種の決心だったのでは?

そうですね。以前、「“ニューヨーカー” と呼べるのは、ニューヨークで生活して10年以上だよ」と言われたことがあります。現在8年目を迎え、その尺度で見ると “中堅層” になってきているようですので、自分がこの場所だからこそできること、も構想していて。それは後ほど話しますね。

── ぜひ。そもそも小出さんはなぜニューヨークを選んだんですか?

ニューヨークには昔、旅行で来たことがあって、その時から東京育ちの僕にとっては、東京よりもさらにいろいろなものが凝縮されていて、動きやすい街。エネルギーにあふれていて、流行もキャッチしやすくて、すごく惹かれていたんです。でも、いざ実際に生活をしてみると大変なことばかりで。まず地下鉄。恐ろしく汚い。日本と違って案内板などないに等しく、行き先もコロコロ変わり、時刻表も正確でないし、とにかく全然目的地にたどり着かない。

住んでいたマンションも受付のドアマンに何度伝えても部屋の号室が伝わらず、疑いの目を向けられ荷物すらピックアップできない、果ては街中のベンダーショップで冷たいコーラを買おうとしたら、温かいコーヒーを手渡されたときは「こりゃあかんぞ」、と正直、さすがに帰ろうかと思いました。

「ニューヨークに対しての初心は忘れたくない」

── ニューヨークで挑戦する人あるあると言いますか・・・共通しているのが、ゼロから再構築できて、丸裸になった状態で前に進んでいける人がこの街には多いなと思うんです。

このタフ極まる街では、そういうガッツのある人間の方がフィットしやすいのかな、といざ生活をし始めて感じるようになりました。

当初は、せっかくの機会なのでオーディションと並行して、演劇の聖地ニューヨークで歴史あるメソッド演技を学んでみようと思い、アン・ハサウェイなどが通っていた老舗の演劇学校の門をたたきました。英語に関しては、小学生時代にインドに住んでいましたし、大学も卒業していたので少しは通じるかと思いました。

演技という、自分が14年間やってきた分野ならば少しは通じるだろうと演劇学校の扉を開くと、その講義内容以前に最初の挨拶やスモールトークの内容すら分からない。もちろん、こちらが話すことも、ほぼ一切理解してもらえない。演技の実力を試すはるか以前に、想定外の壁に当たりました。

「自分が得意な分野のはずが…」と、これは非常に苦しい悔しい思いをしました。「ならば仕方ない」と語学学校へ足を向けると、語学学校では1番下のクラスに配属され、しばらくは語学学校、演劇学校、さまざまなオーディションを行き来する暮らしで、本当に大学生のようでした。

── 日本にいたら通らなかったかもしれない壁や感情に出会ったわけですね。

そうですね。大学生の頃から芸能界でお仕事させてもらってきて、ずっと忙しい状態が続いていましたし、人間的な部分の成熟はおざなりになっていた感覚もありました。とにかく馬車馬のように仕事をさせていただいていたというのもあり、チャレンジができるニューヨークのこの環境は最高でしたね。

「何かをやりましょう!と言い出しっぺに」

── ニューヨークにいる時は、どのような暮らしをしているんですか?

生活を始めた頃は語学学校に加えて演劇学校にも行っていたので、オーディションがどんどん増えてましたね。でも、新型コロナウイルスが大きな転換点となり、当時企画されていたミュージカルもなくなり、また内定で決まっていたハリウッド映画の撮影も無期延期となり、それまで必死に積み上げ始めてきたさまざまなものがストップを余儀なくされました。現在は、ニューヨークをベースに暮らしている奥さんのサポートをしたり、オーディションなども受けさせてもらっています。

ニューヨークでは、特に最近は自然な暮らしができているという

── いいですね、じゃあ日本では働き、ニューヨークは自然に生活ができる場所という。

そうですね。冒頭にもお伝えさせていただいた “構想=この街で僕がやっていきたいこと” の話にもつながってくるのですが、ニューヨークでの挑戦はやっぱり諦めたくないし、こっちにいて何かやるべきだというのはずっと感じていまして。そんな中で、現地に住む、僕と同じ志を持った方たちと交流していて、そのときに「このコミュニティーをもっと大きくしていきたい」と、シンプルに思ったんです。

── 日本人による表現を、ニューヨークで企画していくと?

日本のエンターテインメント界で活躍をされている方がパフォーマンスをする機会などがあってもいいんじゃないか、また、それを日本語でやってもいいんじゃないかと思っています。

後ろに見えるのは、アメリカの代表的なテレビ局、NBC

── それは小出さん自身もニューヨークで、自分のエネルギー(熱量)を発揮したいという背景もあるのでしょうか?

そうですね。だからこそ、留学の初期段階では「帰らない」と決めて、2年間くらい一時帰国を全くしていない時期があったんです。その期間は本当にストイックでした。生活に日本語を「入れない、聞かない、見ない」生活をしていて。日本のアプリは開かないし、ニュースも見ない、というような生活をしばらくしていたんです。ただ、そのような生活をしていると反動で寂しさが出てきたのも事実です。しかし自分で決めたことなので、目標はしっかり達成しようと決めていました。

やっぱり自分がこの街にいる以上、存在意義というか、何かためになることはできないか? と自然にアクションを欲するようになってきたというのはありますね。

「ニューヨークでの新たな表現の場の創出に取り組みたい」と話す

── その経験も含めての「プラットフォーム作り」を始められたわけですね?

そんな立派なところまで行けるかは分からないですが、自分が何かをやりましょう!と旗振り役になるのは初めてで。周りの仲間とかはこの歳になってくると、舞台を作ったり、映画を撮ったり、仕掛ける側の動きが盛んになってきているので、自分もそういう動き方ができるといいなと思って。

それに今、ニューヨークでパフォーマンスに関わっている日本人が集まっているチームや組織って、目立つものはほとんどないので、一つくらいあってもいいんじゃないかなと思うんです。

── ニューヨークは挑戦の街!といわれるけれど、案外1人で来たら受け皿がなかったりしますもんね。

本当にない!僕もそれはすごく感じてきたので、エンタメの方のための受け皿を作っていきたいなと思っています。日本からアクセスしやすい場所を作りたい。きっと簡単ではないですが、僕はまだニューヨークでの生活をしていくつもりなので。

ニューヨークでも過去の出演作が認知されており、現地人から声をかけられることも

── 小出さんの周りに「仕掛ける側」が多くなってきたということは、そんな仕掛けに乗りたい若い子たちが周りにも増えているということですよね。彼らが小出さんを頼りに、ニューヨークに来られるチャンスがあっても素敵ですよね。

ドラマの現場だと監督も若くなってきていて、若い俳優とも交わりますから、彼らに良い影響を与えられたらいいな、とかアイオープニングな(目を見張るような)考え方、そして場所を提供できたらいいな、と思いますね。

「40歳を超えて、まだまだ夢は…」

── 小出さんとお話ししていると、ご自身の経験の「還元」というのがすごく最近のキーワードになっているのかな、と感じます。

40歳を超えて、もちろんハリウッド作品にも挑戦したいし、まだまだ夢は持っているのですが、この仕事を始めて20年以上経っているので、自分のためというより、「作品のためになった」「それぞれの業界のためになった」ときの喜びが大きいんですよね。そういったものに貢献できた方が自分の達成感をより強く感じられると思っています。

ニューヨークでさまざまな表現方法に出会う中で、「幅がどんどん広がっていった」という

── 実際に小出さんのプロジェクトの話を聞いた、周りの人の反応も気になります。

どういう反応が出るのかが怖くて時間がかかってしまったのですが、伝えてみると皆さんしっかりと聞いてくれる。特にニューヨークで表現に関わっている人たちは、新しい表現の場を作ることに関しては興味を示してくれますね。

── ニューヨークって、いやこれは世界どこにいてもそうかもしれないですが、自分のやりたいことや秘めていたことを誰かに言い始めると、きっとどこかにつながっていくと思うんです。言うまでは、すごい怖いけど。

まさにその通りです。だからニューヨークに憧れる人たちも、「いつか」ではなく行動に移してみてほしいですね。遠い所じゃないから。日本では考えられない苦労とか感じたことのないタイプの感情とか、いろいろと感じさせられる街ですが、僕自身も本当に来て良かったと断言できるし、この道を選んで良かったと思えるんです。

「ニューヨークでの存在意義をより強固にしていくために、積極的に動いていきたいですね」

この先も、日本での活動を続けながら、自身が選んだ街・ニューヨークでの新たな挑戦を決心した小出。慎重、真摯でありながらも遊び心のある眼差しから紡がれる思い、言葉が「形」となる日はそう遠くないだろう。夢を夢で終わらせないため、次世代が頼りにできる道標を一つ、小出は作ろうとしている。

取材・文・写真/ナガタミユ

小出恵介の最新出演作

映画「鍵」
公開日:2026年6月16日公開
谷崎潤一郎原作「鍵」を、いまおかしんじ監督のメガホンによって映画化。小出は吹越満、菅野恵らと共に主要キャストとして出演。吹越演じる主人公の夫婦を翻弄する木村役として、物語の重要な鍵を握っていく。

                       
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