映画「国宝」の特別上映会が11月22日、ソーホーで行われ、ニューヨークで活動する映画関係者が来場。上映後の質疑応答に李相日(イ・サンイル)監督と主演の吉沢亮が登壇した。

歌舞伎を映画に、それぞれのアプローチは?
李監督 歌舞伎をテーマにしているが最も重視したのは、パフォーマンスをする芸術家の生き方を映し出すことだった。歌舞伎を丁寧に忠実に映像化する以上に、彼らが何を考え、どんな背景をもっていて、舞台上で何を表現しようとしているのか、どこに辿り着こうとしているのかを描きたかった。最終的には彼(喜久雄=吉沢)の美しい顔に近寄ることによって、内面で起きているさまざまな葛藤を映し出したいと思っていた。
吉沢 1年半かけて歌舞伎役者となる訓練を重ねてきたが、本番で舞台上で踊るとなったときに監督が求めていたのは、稽古してきたものをただ美しく踊るのではなく、役をまとった状態で踊るということだった。本来の歌舞伎役者さんは様式美で見せるものだと思うので、あそこまでエモーショナルにお芝居をすることは、もしかしたらないかもしれない。舞台に立つまでの喜久雄の人生や、彼の歌舞伎への向き合い方が舞台上で昇華されていくようなイメージで演じた。
歌舞伎役者の一生を描く、核となるイメージはどこに
李監督 モデルとなった歌舞伎役者がいた(映画の中では田中泯が演じる『万菊』)。片足が不自由といったハンディを乗り越えて、女形の頂点に立った。実子はおらず、養子をとって育てた。(私は)存命中の舞台を観ることはできず、残された映像で、それもかなり高齢になってからのものしか観られなかったが、映像だけでも「自由さと意識の外で体が動いている境地」を感じた。喜久夫が最後に鷺娘を踊る姿が、まさにその境地と同じ。長年体に染み込ませてきた型からも自由になって、役からも離れて、自分自身からも離れて、「無意識の宇宙が存在する」。それをどうやって観客に感じてもらうか、そこから全てを逆算していった。

異なった年齢を表現する上での工夫は?
吉沢 特殊メイクもあったが、歌舞伎役者さんの年齢の取り方は非常に特殊で、そこに着目した。特に女形の役者さんは、歳をとってもすごく若々しくて、綺麗な方ばっかり。見た目もそうだが、姿勢もどんどん研ぎ澄まされていくというか、背筋が伸びてびっとしているし。年齢が上がれば上がるほど、体に染み付いているものが「真に入っていく」というか、この感覚を言葉で説明するのは難しいが意識していた。舞台上で女形として生きているのものが、日常生活にも降りてきているという感覚で、年代別にグラデーションをつけた。
俳優の演技について
李監督 例えば、渡辺謙さんが演じた役でも言えるが、芸術家が背負う業というか欲。欲するがあまりに、いろんな犠牲を顧みずに何かを追求していく過程の中で、自分自身がそこに到達できない、あるいは何かを失う、目的を失う、そういった瞬間に陥る「怖れ」のようなものを謙さんはダイレクトに表現してくれた。「老い」というものに直接向き合って、(歌舞伎役者としての)肉体の限界との戦い、精神と肉体の脆さのディティールを忠実に表現してくれた。
吉沢 芸術に携わっている者として、嫉妬とか悔しさ、信じているものへの猜疑心は、すごく理解できる。役者は明確な評価対象がないし、良し悪しは自分の感覚でのみ知れる。歌舞伎の世界のどろどろした世界は(芸能界にいる人間として)僕も知っている。その点ではある意味楽しんで演じられた。

質疑応答の後はふたりを囲んでのレセプションが行われ、感動冷めやらぬ観客からは絶賛の声が上がった。ニューヨーク在住の映画作家、トリスティン・スカイラーさんは、「受け継がれたもの、自ら選んだもの、芸術と家族への献身を紡ぐ物語だ。歌舞伎における厳格な鍛錬、技と細部への追求、芸の継承の重要性を描いた最高峰の映画。まさに芸術と才能の結晶であり、一瞬一瞬、ひとコマひとコマが崇高で忘れがたい」と語った。
映画「国宝」は、芥川賞作家、吉田修一の同名小説を原作に、任侠の家に生まれ、上方の花形歌舞伎役者に引き取られた主人公が、歌舞伎役者の息子と切磋琢磨しながら「国宝」になるまでの50年を描いた一代記。横浜流星、渡辺謙、田中泯、寺島しのぶらが共演。日本で興行収入173.7億円を突破し、22年ぶりに実写邦画のナンバーワンに。「国宝(見た)」が今年の流行語大賞の候補になるなど社会現象を起こしている。アメリカではロサンゼルスで11月14日から、ニューヨークで21日からそれぞれ1週間上映。第98回アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表にも決定し、来春の北米公開も決まっている。
取材・写真:本紙
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