国際的に高く評価される先駆的な映画・ドキュメンタリーの監督、ニューヨーク市長ゾーハン・マムダニの母親
2025年11月、ゾーラン・マムダニはニューヨーク市長選に勝利し、ニューヨーク市史上最年少の市長となった。彼はまた、「南アジア系の血を引くアフリカ系アメリカ人」として初めて市長に選出された人物でもある。ゾーランはウガンダのカンパラで生まれた。ミーラー・ナーイルによると、出産後40日間は実母と義母が新生児と母親の世話をするのが慣習なのに、1991年当時、夫妻はウェストヴィレッジの一寝室アパートに住んでいて、家族を迎えるには狭すぎた。それで内戦下のウガンダ・カンパラで出産するという「イカれた」決断になった、と苦笑する。ゾーランは両親と父方の祖父母とともに25年間、三世代家族の中で育った。ナーイルは、周囲の助けが非常に大きかったので、仕事のペースを落とす必要はなかったと述べている。「彼は愛情にどっぷりつかって育てられたのです」(『Harper’s Bazaar』2025年11月号)。一家は1997~99年まで南アフリカで過ごした。これは父マフムードがケープタウン大学アフリカ研究所所長に任命されたためで、アパルトヘイトが1994年に終結して間もない時期のことだった。99年にはコロンビア大学アフリカ研究所所長に就任し、2004年まで勤続した。その後、同大学のハーバート・リーマン政治学教授に就任、人類学、政治学、アフリカ研究の教授も兼任した。また、カンパラ国際大学の学長も務めている。

(Photo: Wikipedia https://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Zohran_Mamdani_05.25.25_(b)_(cropped).jpg)
1999年、両親はゾーランを1919年創立のBank Street School for Childrenに入学させた。バンク・ストリートは、従来の教科別教育ではなく、学際的でホリスティック(全人的)なカリキュラムを特徴とし、問題解決を育み、生涯学習を促す教育方針で知られている。多くの私立校が K-12 制で少人数学級(20人未満)であるのに対し、バンク・ストリートのクラス規模は公立校並み、8年生までの学校である。その後の公立・私立高校への進学競争は非常に激しいが、生徒たちは難関校に合格している。ゾーランはトップクラスの理数系専門高校であるブロンクス科学高等学校に進学した。
両親として息子を世間から守ろうとしたかと問われ、ナーイルは、ゾーランは常に大人たちの会話に参加し、映画の撮影現場にも連れて行っていたと答えている。彼女が『その名にちなんで』の映画化に取り組んでいた際、『ハリー・ポッター』企画の打診を受けたことがあったという。そのとき14歳のゾーランが「ハリー・ポッターは多くの優れた監督が作れるけれど、『その名にちなんで』を作れるのはママしかいない」と言ったという。ゾーランは2016年の『奇跡のチェックメイトクィーン・オブ・カトゥエ』の製作にも全面的に関わった。出演する子どもたちの一部を見つけるのを手伝い、音楽監督の一人としてサウンドトラックの選曲と制作にも携わった。ラッパー名「ヤング・カルダモン」として楽曲「#1 Spice」を共作し、自らパフォーマンスも行っている。
筆者は昨年9月初めまでゾーラン・マムダニの市長選出馬を知らなかった。ある日突然、マリオ・クオモから彼に反対する警告文付きの選挙はがきが届き、関心を持った。偶然、退職したバンク・ストリートの元管理職と会った時、ゾーランが息子(同校出身)より2学年下だったことを知った。彼の母親が誰かを聞き、家族がバンク・ストリートのコミュニティに加わった当時を思い出した。ナーイルは毎年恒例の資金集めオークションに「ミーラー・ナーイルとのお茶」を出品した。私は『モンスーン・ウェディング』を観ていたのでぜひ入札したかったが、多分ゾーランの同級生の保護者が落札したと思う。バンク・ストリートのウェブ記事には、2004年の模擬選挙におけるゾーランのエピソードが紹介されている。当時、8年生は立候補できたが、7年生は投票しかできなかった。9・11の記憶がまだ生々しく、7年生たちは政治意識が高かった。ゾーランは7年生も立候補できるべきだと皆を説得した。記事では、信念をカリスマ的に主張し、無所属候補として出馬する力を育んだのは、少なくとも一部は同校の教育によるものだと書いてあった。市長選の1か月前、私はゾーランを応援するバンク・ストリート関係者の集まりに招かれた。その熱気は伝染するほどで、多くの人が戸別訪問活動をしていた。私は知人たちに連絡し、ゾーランの立候補を支えるバンク・ストリートの一員であることを誇りに思っていると伝えた。
文/中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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