Jayシェフ 世界の食との小さな出逢い 第23回 キンデ、ビエールだ!②

「サヴァ、イディ?」
 電話があったのは数日前、じいちゃんからだった。
「いまのレストランはどうだ、慣れたかい? ところで、明日こっちへ来て欲しんだが。」
いつの間にかイディと呼ばれるようになったぼくは、翌朝、エッフェル塔から少し西にあるテレビ局へ向かった。そして5階のエグゼクティブ用キッチンに着くと、買い物を済ませて来たじいちゃんは朝のカフェオレで一息ついているところだった。
「サヴァ、シェフ?」
いつ来ても朝日がよく差し込むこのキッチンには、そしてまたじいちゃんがパリで選りすぐった新鮮な食材の香りで満たされていた。趣味のクルーザーの雑誌を眺めていたじいちゃんは、ぼくを見るとニッコリ微笑んだ。
「ボンジュール、テュ・バ・ビエン?」

イラスト Jay

イラスト Jay

 ニューヨークからパリへ渡って料理の勉強をするにあたり、友人から紹介された老練シェフじいちゃん。名はジャックという。ラッキーなことにこのお偉いシェフのいるところでぼくは働くことができた。フランスはただでさえ揺るぎないヒエラルキーが古来から続く保守的な社会であり、東洋の果てのジャポネなどに目もくれない人たちも多い。このテレビ局もじいちゃんのお墨付きがあって入ることができたのであって、公共施設においてさえも差別的な対応を何度か経験したぼくは、実のところパリに渡って来たことをすぐに後悔した。だけど、すべて自分で考え決めたこと、そう言い聞かせながら料理の経験を積んでいた。こうした厳しい日々のなか、このキッチンへ来たときのじいちゃんの笑顔は何よりも支えだった。
 少し慣れてくるとじいちゃんは門下のシェフたちが活躍するレストランに2、3カ月ずつぼくを送り込んでくれた。そして時々はここにも呼ばれ、上達具合を見守ってくれた。
「イディ、そろそろ次のレストランへ行ってみるか、ブラッセリーはどうだ。今までの料理とはずいぶん違うぞ。」
セーヌ沿いにある真っ白なビルのキッチンに差し込む朝日、それはいつ来ても眩しくそして暖かい。子供っぽく微笑むじいちゃんの勧めにもちろん
「アーウィ、ビエンシュール、シェフ!」
喜んで答えた。
つづく

 


Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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メール:nattoya@gmail.com