Vol.57 俳優 斎藤工さん

予想外の奇跡が生まれるのが映画

19日から開催中のジャパン・ソサエティー主催の日本映画祭、「JAPAN CUTS ~ジャパン・カッツ!」で主演作「ラーメン・テー」(2018年、エリック・クー監督)がオープニングを飾った。齊藤工名義で初めて長編作品の監督を務めた「blank13」(18年)は第20回上海国際映画祭の最優秀監督賞(アジア新人賞部門)を受賞。休日は映画を6本見ることもあるという、かなりの「映画狂」で、モデル、俳優、監督とマルチに活躍の場を広げる斎藤工に、「blank13」の製作の裏話やニューヨークの魅力について聞いた(7月19日)。

メーンとりかえ

斎藤工(さいとう・たくみ)
1981年8月22日、東京都生まれ。高校生のときからモデルとして活動し、パリ・コレクションにも出演。2001年に韓国映画のリメイク版「時の香り〜リメンバー・ミー〜」で俳優デビュー。08年にはNHK総合テレビの土曜時代劇「オトコマエ!」でドラマ初主演を果たす。14年出演のフジテレビ系ドラマ「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」が平均視聴率13.9%の大ヒット。監督としては本名の「齊藤工」名義で短編映画やミュージックビデオを手掛けてきた。

−出演作、監督作がニューヨークで上映されるに当たっての心境は?

 ジャパン・カッツというプロジェクト自体が興味深く、今までもいろいろな作品を上映してもらいました。多くの日本のクリエイターたちが作る日本の映画の尊さが伝わってくる。この映画祭に参加できること自体がうれしいです。

−「映画人」斎藤さんから見た、ニューヨークの魅力はどうお考えですか?

 ブロードウェーやオペラなど、アートも含めて、いろんなエネルギーが集まっている場所だな、と思います。
 以前、ニューヨークで芝居を見たとき、カーテンコールのときに、役者1人ずつに対する拍手の量が違ったんです。主役だから多いというわけではなくて。本当に、素晴らしい表現をした人ほど大きな拍手をもらっていて。実力主義なんだな、という印象を受けました。
 日本だと、ブランディングというか、有名、無名も含めて「この人がやるから間違いないんじゃないか」という先入観みたいなものがあって、それは良い方向に転んでいないな、とニューヨークに来て思いました。
 ものを芸術として捉えるのであれば、もっとフェアに、フラットに、ときとして残酷に、評価していくべきだな、とニューヨークに来るたびに思います。

−今回、ニューヨーカーも斎藤さんの作品を見ると思います。

 自分がものを作るときに意識しているのは、国内のリアクション以上に、海を越えたところでどう届くか、ということをまず、外堀として考えています。
 例えば日本の葬儀という儀式や、火葬文化の特性について、僕ら(日本人)は「そういうもの」と自然と受け入れているかもしれませんが、その奇妙さというか、そういったものをそもそも(「blank13」が)題材にしているのは、僕の中ではかなり海外を意識しています。
 こういった場所で日本映画として上映していただくこと、またそのリアクションは、そこを基準に作っているので、楽しみです。

−「blank13」は構成作家のはしもとこうじさんの実話だそうですが、話を聞いたときに、すぐ監督として作りたいという思いを抱かれたんですか?

 話として、雑談の中でお聞きしたはしもとさんのお父さんの話は、人ごとじゃないというか、引っかかるものがあったんです。「なんだ、この話は」と思って、すごく奇妙で悲しい話でもあるんですけど、ちょっと変わったリアリティを持っていて、同時に自分自身にも向かってくるような話だと。
 (この話を)映像にするに当たって、見ている方が、僕が最初にその話を聞いたときに思ったような、「他人事から我が事」に感じてもらえる作品にするのであれば、成立するんじゃないか。そんな青写真を描きました。

−「blank13」は、前半と後半でがらっと印象が変わりますが、そのアイデアはどこから?

実は短編の配信映像の、しかもコメディの企画だったので、最初は後半部分しかなかったんです。後半の舞台に行くまでの前提はある程度描かないと、ということで前半を作りました。けっこう後付けで、最終的に長編映画になりました。

−結果的に初の長編監督作品として発表することになったわけですね。それについては?

 そもそも、映画って予想外のことが起きるものだと思うんです。他の映像作品もそうかもしれないですけど。その予想できない何かに、尾ひれが付いたときに、その映画の「うま味」というか、輝きになるんです。真逆の効果になってしまうときもあるんですけど。
 全てを予想、予定せずに「あらかたの材料と下味だけ付けて、あとは鍋にぶっこんでみよう」みたいな乱暴さの中で何か奇跡が生まれたらいいな、くらいで放任するんです。その中の奇跡というか、偶発性の何かがたくさん生まれるのが映画だと思うので。

−例えばニューヨークを舞台に映画を作るとすれば、どんな映画を作りたいですか?

 僕が一番興味があるのは、表現する人が本当はどうジャッジされているか。それが(ニューヨークでは)すごいフェアだなと思ったんですよ。そういう、表現者たちの「本物」をつかんでいくような姿は、ニューヨークでしか描けないかもしれないとは思います。
 じゃあ日本人がニューヨークでいかに闘うか。この移民文化、世界中から人が集まってくる場所で、自分のルーツを日本にいる以上に考えると思うんです。自分のアイデンティティが強固になっていくというか、ニューヨークのたくましさというか、「見えない筋肉」がついていく感じが魅力だと思うんです。日本でも志次第だと思うんですけど。「遠くから来た、1人の日本人」という自分のサイズ感を勘違いせず、冷静に闘っている人を描きたいなと思います。

−最後に、ニューヨークに住む日本人に向けてのメッセージをお願いします。

 ニューヨークは僕の憧れの街でもありますが、メイド・イン・ジャパンにこだわった映画を作りました。これからもみなさんに届く映画を作り続けたいと思います。

(Interviewer: Yuriko Anzai / 本紙、Photographer: Kaori Kemmizaki)

(Interviewer: Yuriko Anzai / 本紙、Photographer: Kaori Kemmizaki)