日本で乳腺外科医として患者と向き合ってきた石井京さんは現在、ニューヨークを拠点に、ヘルスケアAI企業「Ubie(ユビー)」で医療戦略・臨床知見担当(Medical Strategy & Clinical Insight)として働いている。2025年7月から米国事業に参画し、現在取り組むのは「医師としての臨床経験をAIプロダクト開発につなげる仕事」だ。

ニューヨークを拠点に活動する石井京さん

医師からヘルステックへ。一見すると大きなキャリアチェンジだが、その根底には、臨床現場にいた頃から変わらない思いがある。

「患者の気持ちまで考えられる医師に」

2021年に医学部を卒業後、研修医として救急、内科、外科など幅広い診療科を経験した。その中で、最も自分に合っていると感じたのが外科だった。

乳腺外科を選ぶきっかけになったのは、研修先で出会った一人の指導医だった。手術は丁寧で速く、無駄がない。特に印象に残ったのは、手術を終える時だった。

「傷跡ができるだけ残らず、きれいに治るように、最後まで患者さんのことを考えて手術をしていました。乳がんの患者さんにとって、自分の胸に傷が残ることには不安や悲しさもあります。私もこんなふうに、患者さんの気持ちまで考えられる医師になりたいと思いました」

乳腺外科医として働く中で感じたのが、早期発見の難しさだった。忙しくて受診する時間が取れない。子どものことで精いっぱいで、自分のことは気にしていなかった。検査が怖くて病院に行けない。自分のしこりに気づかなかった。さまざまな理由で、早く治療を始められる機会を逃してしまう患者を目にしてきた。

「病気になること自体は選べません。でも、病気になった時に少しでも早く見つけ、治療につなげることはできる。『早く見つけられてよかった』と思える患者さんを一人でも増やしたいと思うようになりました」

医師だった自分が、米国で「患者」に

その思いをさらに強くしたのが、渡米後の自身の経験だった。

サンフランシスコ州立大学に在学中、左胸にしこりがあることに気づいた。乳がん患者を診てきた医師であっても、「怖かった」という。

「多くの患者さんを診てきたからこそ、自分も病気にならないとは限らないと分かっています。それでも、いざ自分のことになると怖い。さらに米国では、どこを受診して、どう検査につながればいいのかもすぐには分かりませんでした」

まず医療サービスを通じて受診し、マンモグラフィーと超音波検査を予約した。しかし、最短の予約日は数週間先だった。できるだけ早く結果を知りたいという思いから、医療機関での検査を待つ間に、3D乳房超音波によるスクリーニングサービスを利用。その後、日本で改めて検査を受けることを決め、一時帰国時にクリニックを受診した。

2025年にフェニックスで行われた学会

「幸い悪性ではありませんでした。でも、結果が出るまでの数週間は落ち着きませんでしたし、そもそも検査にたどり着くまでに時間がかかった。あの期間に感じた不安が、いまの仕事の出発点になっています」

「日本にいた頃は、気になる症状があれば自分の都合の良い時間にクリニックを受診し、その日のうちに必要な検査を受けられることも珍しくありませんでした。国民皆保険のもと、保険診療として医療にアクセスできる環境を当たり前に感じていました。でも米国で自分が患者になって、その『当たり前』が当たり前ではなかったことに気づきました」

患者に「検査を受けてください」と伝えてきた自分自身が、病気への恐怖だけでなく、必要な医療にたどり着き、検査を受け、結果を知るまでの不安を経験した。この経験は、患者にとって医療への入り口をもっと身近なものにできないか、という現在の仕事への思いにもつながっている。

臨床経験をAIの安全性につなげる

現在所属するUbieは日本発のヘルスケアAI企業で、米国でも事業を展開している。2026年にはMayo Clinicとの協業を発表し、AIを活用して患者が必要な医療へよりスムーズにアクセスできる仕組みの共同開発を進めている。

日本、そしてアメリカでの経験を糧に新たなサービス開発に挑む

石井さんは、実際の患者対応を想定したケースを使ってAIの精度を検証し、臨床的な問題点を見つけ、エンジニアに改善案を伝え、実装されたものを再び検証する。そのサイクルを繰り返している。

特に重視するのが安全性だ。

「例えば頭痛だけでは緊急性を判断できなくても、繰り返す嘔吐など別の症状が加われば、緊急性の判断は変わります。どの症状を危険なサインとして拾うべきか、症状の組み合わせをどう評価するか。臨床で患者さんを診てきた経験をAIの仕組みに反映することが、私の役割の一つです」

振り分け先の基準そのものが、国によって変わることもある。日本では救急外来で受け入れられる症例でも、米国では救急には至らず、Urgent Careで対応されることがある。同じ症状でも、患者が向かうべき場所が変わる。

石井さんは、日本の受診行動を前提にしたままでは米国の患者を適切な受診先に案内できないと指摘し、緊急度の判定基準をエンジニアと協議、再設計している。

同時に、日本で培われた技術や医療知識を、そのまま米国へ持ち込めばよいわけではない。

日本で開発された仕組みについては、なぜその設計になっているのかを日本側のエンジニアと直接議論した上で、米国の医療環境では何を変える必要があるのか、どのように精度を高め、医療現場で価値のあるものにしていくかを判断している。

「日本で作られたものが、なぜその仕組みになっているのかを理解しなければ、米国で精度を検証するだけで、本当の意味で改善することはできません。逆に、その背景を理解していれば、どこは日本のまま使えて、どこは米国向けに変えなければ危ないのかを切り分けられます」

「病院に行こう」と思えるきっかけを

日本では比較的直接医師の診察につながりやすい一方、米国では医師の診察にたどり着くまでに複数のステップを経験することもある。

だからこそ石井さんは、患者が何を必要としているのかを早く捉え、不必要なステップを減らし、適切な医療へつなぐことにAIの可能性を感じている。それは患者の負担だけでなく、医療従事者側の負担を減らすことにもつながると考えている。

「自分が病気になった時に、『こんなサービスがあってよかった』と思えるものを、今の仲間と一緒につくっていきたいです」

臨床の外に出ることは、医師として築いてきた道から一歩踏み出す決断でもあった。それでも、患者を思う気持ちは変わらない。

「病気は怖い。なるのも、検査するのも、治療するのも怖いと思います。それでも少しの勇気を振り絞って、『病院に行こう』と思える。そのきっかけになるものを、自分がつくれたらと思っています」

[PR] 本記事は、海外で活動・挑戦する日本人の活動を紹介する、DAILYSUN NEW YORKの
プログラムの一環として制作しています。