ニューヨーク、ブルックリン随一のアーティスティックなエリアで、存在感を放つバー「Kato Sake Works」。陽が落ちてくると近所の人たちや若者が集まり始め、夜にはサケを片手にライブミュージックを楽しむ姿があちらこちらに。ブッシュウィックいちのゴキゲンなスポットだ。

今でこそ「Sake」といえば、ニューヨークでも親しまれているが、それはほんのここ数年の話。日本人としては初、ニューヨークで2番目の酒蔵として同店をオープンした経緯を、オーナーの加藤忍さんに語ってもらった。ローカルなクラフトビール屋さんの隣に店を構え、杜氏(とうじ)は皆、現地採用?
「カジュアルにサケを飲んでもらうためには、そこにあるカジュアルに入っていかないといけない」ニューヨークのサケ・カルチャーに大きなインパクトを与え続ける「Kato Sake Woks」の、これまでとこれからを聞いた。
◆ 最初の店はオープンして3日でロックダウン
もともと約10年ほどアメリカでIT系のサラリーマンとして働いていた加藤さん。仕事は好きだけれど、熱意をもってできるものではないと思い始めた頃、家で酒造りをスタートしたのが、同店の原点。

(photo: Kato Sake Works)
「日本に一時帰国するたびにお気に入りの一升瓶を抱えて帰ってきていたんですけど、それがなくなったら寂しいからと、チビチビ飲んでいたんです。でも本来なら酒は好きなだけ振る舞いたいし、楽しく飲みたいし、という気持ちがあって。そういうのって、きっと人間性にも影響するじゃないですか(笑)だから、自分で作ろう!そうするといっぱい飲めるな、と」
自宅での酒造りに目覚めてから数年後、さまざまなタイミングが重なり、サラリーマンを辞めてニューヨークでの事業設立を決意した加藤さん。「とはいえ、地盤も人脈もなかったので、最初は苦労しましたね、ニューヨークで初の酒蔵になる!と意気込んでいたら僕が引っ越してきたタイミングでBrooklyn Kuraもオープンしましたしね」

そのほかにもアメリカ人ビジネスパートナーと手を組むも上手くいかなかったりと、困難はありながらも、ようやく最初の店舗を2020年4月にオープン。小さなバーカウンターに、最低限の醸造スペースを設けた小さな場所で「Kato Sake Works」がスタートした。噂を聞きつけた有名雑誌Forbesも取材に来るなど、幸先の良いスタートと思われたが・・・。

「新型コロナウイルスのパンデミックでオープンして3日でロックダウンになったんです」嘘のようだが、本当の話。だがここで終わることはなく、むしろ同店は前へと進んでいた。「ニューヨーク、特にここブッシュウィックのあたりはロックダウン中のつながりが強かったんです。地下鉄に乗るのが怖いという状況だったけど、人とは話したいし、つながりたい、でもニュース見てたら暗くなる一方。そんな中『近くにサケを作っているところがオープンしたから応援してあげようか』みたいな人たちがいて。その頃のお客さんもまだ来ていただいています。うちの店のストーリーは、意外と涙ありの感動的な話なんです(笑)」

◆ 人が人を呼び、形作られた「やりたかったお店」
そして、コロナも終息してきた2023年春、ようやく今のロケーションに新拠点をオープン。ロックダウンが緩和され、自由に行動できるようになったこともあり、かつてのお客さんが「面白いサケを飲める場所を知ってるから、一緒に行こうよ」と、友人や家族を連れてきてくれたり、また商品を卸すために店を紹介してくれたりと、人が人を呼び「Kato Sake Works」の第2章は彩られていった。「本当に、皆さんには助けていただきました」加藤さんは、インタビュー中何度もこの言葉を口にした。

「あと、今の場所に移ってからライブスペースができたので、地元のアーティストやミュージシャンにも積極的にパフォーマンスをしてもらっています。お店がにぎわってくると、たまに店のメンバーで外に出て、俯瞰しながら『クールなバーっぽいよね』とか、自画自賛もしたり。やりたかった感じの雰囲気になってきたかなと思いますね」

◆ 日本とニューヨークの「カジュアル」
間口の広いオープン空間な店内、またビアバーのようなタップが並ぶバーカウンターに、大勢でワイワイできるテーブル席。加藤さんは「サケをカジュアルに飲んでほしい」と、自身の家で酒造りをしていたときから変わらない思いを持っている。
「僕は日本で高円寺に住んでいたので、よくガード下の居酒屋で焼き鳥と日本酒を飲んでいたんですね。日本はそれをカジュアルとしているけど、ニューヨークにとってはそれが全くカジュアルじゃなくて、特別なことなんです。だからそれをそのまま持ってきても意味がない。本当にカジュアルに日本酒を飲んでもらうには、ここのカジュアルに入っていかないといけない」

そのニューヨークならではの “カジュアルさ” の一例として、同店のサケは街中のダイブバー(近所の常連客が集まる安価なバー)で生ビールと肩を並べて販売されていたりする。こういった光景は加藤さんいわく「すごくうれしいこと」だといい、「すでにサケのメニューが並んでるところに入れてもらうより、サケというカテゴリーがないところに入れてもらったときの喜びは大きいですね。こちらの熱も込もります」と笑顔を見せる。


現在、同店の日本酒は、卸業の約半分が日本食レストランで、もう半分は多国籍料理が占めており、ニューヨークで知らない人はいないピザ屋、ロベルタをはじめ、メキシカンやアジア系料理店など、経路はさまざま。「でもまだ卸売の方はまだまだ発展途上なので、マンハッタンやクイーンズなど、もっと営業努力をしないといけない」と加藤さん。
今の目標を聞くと「自分の好きなお店に行くと、Kato Sake Worksのサケが置いてある。これは数年の未来で成し遂げたいことの一つ」とのこと。この先、同店からさらにどのようなSake文化が生まれ、ニューヨークの街や人との化学反応で何が起こるのか? 今後も目が離せない。
取材・文・写真/ナガタミユ
Kato Sake Works
住所
379 Troutman St, Brooklyn, NY 11237
営業
火〜金 16:00-20:00 / 土 12:00-22:00 /日 12:00-21:00
公式インスタグラム
https://www.instagram.com/katosakeworks/
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