フィリピン出身アーティストの共同制作作品(下)
エンゾ・カナチョ(1985年フィリピン生まれ、ベルリン在住)とアミ・リエン(1987年テキサス州ダラス生まれ、ニューヨーク在住)は、どちらもハーバード大学芸術・映画・視覚研究学部の卒業生で、10年以上にわたりデュオとして創作活動を続けている。彼らは特にフィリピンの土地の奪取、生存、抵抗といった、地域特有の形態に着目し、地政学的な関係性に取り組んできた。ビエンナーレで発表された祭壇作品は、砂糖農園で知られるフィリピンのネグロス島に焦点を当てており、サトウキビ繊維、バナナの茎、ココナッツの殻、貝殻、海藻、海苔、タロイモの芽など、島の固有素材を蜜蝋で結合している。この作品は、MoMA PS1で展示(2024年10月〜2025年2月)がアメリカの主要美術館での初展示であった『Offerings of Escalante』の一部である。

Wood, metal hardware, wood stain, papier-mache, espoxy resin, plaster, textile, rice paper, joss paper, abaca, kenef, foraged plants, vegetable stalks, ink, watercolor, gouache, printed leaflet; Collection of the artists; courtesy the artists and 47 Canal. Whitney Biennial
作品は、フェルディナンド・マルコス独裁政権下の1985年、ネグロス島で起きた大規模な抗議運動に対する国家による暴力という、エスカランテ虐殺事件を描いている。ネグロス島は四国の3分の2くらいの大きさだが、フィリピンの重要輸出産品である砂糖の60%がこの島で生産され、「フィリピンの砂糖壺」と呼ばれ、スペイン植民地時代から砂糖産業だけに依存する経済構造だった。フィリピンの砂糖産業は、マルコスが友人のロベルト・ベネディクトが運営する国家砂糖貿易会社NASUTRAを通じて独占していた一方で、1980年代初頭に世界的な砂糖価格の暴落が起こった。砂糖を生産しても赤字が増えるだけとなり、農園主は砂糖価格が上昇するまで生産を中止したり削減した。このため、砂糖労働者の多くが失業または収入の道を絶たれ、食料を買うことができず、大勢の子供たちが飢餓にさらされた。ユニセフから「14万人もの子供たちが飢えている」という緊急報告が出たほど、状況は深刻だった。この飢餓は、干ばつや台風、地震などの自然災害によるものではなく、「つくられた飢餓」と呼ばれた。
ネグロス島の多くの人々は自分の土地を持たず、封建時代からの大土地所有制度のもとに置かれていた。この少数の富める大地主と大多数の貧しい民衆という社会構造は、スペイン、アメリカ、そして日本によって400年間も植民地支配を受けてきたことから生じたものだった。極端な貧富の差と大土地所有制度という社会構造は、フィリピン全体に共通しているが、その中でもネグロス島は特にそれが色濃い地域で、「フィリピン社会の縮図」とも言われた。ネグロス島の緊張は高まり、島の状況は「今にも噴火しそうな社会的火山」の状態だった。1985年9月20日、戒厳令発令13周年を機に社会情勢に抗議していた農民たちが、マルコス政権と結託していた西ネグロス州知事アルマンド・グスティロの指揮下にある準軍事組織に銃撃された。推定20〜30人の農民が殺害され、さらに30人が負傷するというエスカランテの虐殺が起きたのだった。
事件から約6か月後、1986年2月、民衆が蜂起したピープルパワー革命でマルコスとその取り巻きが追放された。代わって成立したアキノ政権は、フィリピンの民主化と農地改革を掲げ、88年6月に地主から土地を強制買収し、小作農へ分配・所有させる農村開発プログラム、包括農地改革計画(CARP)を成立させた。地主制度の解体と小作農民の自立が目標だったが、状況はその後も特に大きく変わっていないようである。法律で定められた土地の分配はあまり進んでなく、ネグロス島などでは、地主の土地で働く小作人の約38%(2019年時点)しか土地分配を受けていないという報告もある。エスカランテ虐殺の後にも1987年メンジョーラ橋虐殺、さらに最近では2018年10月20日にネグロス島北部サガイ市のサトウキビ大農場(アシェンダ)ネネで、そこで働く9人の農場労働者が虐殺された(サガイ・ナイン事件)。同事件では、CARPに基づき地主に土地権利を求めていた農民が、本来なら自分たちに分配されるはずだった土地の占拠運動(ブランカン)を実行中に武装グループに襲われた(国軍は自分たちの関与を否定している)。カナチョ/リエンは、このサガイ・ナイン事件が転機となって、彼らの対象はプランテーション経済の根底に実在する抑圧的な暴力の諸相を捉えるものへと広がっていったと語っている(MoMA PS1“Enzo Camacho and Ami Lien in Conversation”)。
彼らの作品はまた、グラスゴー近代美術館、パラサイト香港、バード大学ヘッセル美術館(ニューヨーク州アナンデール・オン・ハドソン)などでも展示されている。

Watercolor, ink, beeswax, abaca pulp, banana stalk, calophyllum leaf, cilantro, imitation gold leaf, linden leaf, Macaranga tanarius leaf, primrose petals, spring onion, sea moss, sweet potato leaf, taro shoots, and wildflower; Collection of the artist; courtesy of the artist and 47 Canal. Whitney Biennial
文/中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴39年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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