2026年5月8日 COLUMN アートのパワー

第82回ホイットニー・ビエンナーレ(2026年8月23日まで)(2)

石川真生(下):ビエンナーレ展、およびアリソン・ブラッドリー・プロジェクツ・ギャラリー(526 West 26th Street)での個展『Rogue』 6月6日まで

上京した石川真生は1974年、東松照明(長崎の被爆者を撮影したことで知られる)や前衛的なモノクロのストリート写真で知られる森山大道らが設立した短命の写真学校「ワークショップ写真学校」に通った。彼らはまた、急進的で実験的な写真雑誌『プロヴォーク』の発行にも関わっていたが、この雑誌は少部数で3号のみ刊行された(「For the sake of thought: Provoke 1968-1970」MoMA、2013年1月)。学費を工面するため、石川は成人式用の着物を買うよう母親から渡されたお金を使った。最初のカメラを購入したのは沖縄に戻ってからである。

石川真生 港町哀歌 1983-86 gelatin silver print (27.7 x 35.4 cm) 
© Mao Ishikawa. 石川真生/アリソン・ブラッドリー・プロジェクツより提供

1975年、母親との関係を修復した後、沖縄に戻り、コザ市(現在の沖縄市)、その後金武町で働いた。当初は沖縄における米軍の存在を撮影したいと考えていたが、次第にバーで働く女性たちに関心が移っていった。2007年に私が通訳を務めた際、彼女は米軍基地周辺に、黒人兵士向けと白人兵士向けに分離されたバーが存在していたことを話してくれた。彼女自身は黒人兵士向けのバーで働き、彼らが経験する人種差別や周縁化に共感し、日本社会における沖縄の人々の扱いとの類似性を見出していた。

ビエンナーレでは、石川真生の写真が10点展示されている。そのうち5点は1982年に出版された初の写真集『Hot Days at Camp Hansen』からのものである。彼女の被写体へのアプローチは没入的であり、個人的に知る人々を撮影しているため、被写体からの信頼が写真に表れている。この作品は2017年に『赤花(Akabana)』として再刊され、一年中咲く強靭な在来種の赤いハイビスカスにちなんで名付けられた。これは沖縄の抵抗の象徴でもある。その中で被写体となった女性たちは「黒人男性を愛して何が悪い、 黒人バーで働いて何が悪い、 自由を謳歌して何が悪い、 セックスを楽しんで何が悪いの」と言い、石川も「狭い沖縄で開き直って生きている女たちが私は好きだ」と語り、「米兵相手のバーで働く女たちを卑下する人もいる。勝手に女たちを売春婦と決めつける人もいる。それは全くの偏見、勝手な思い込み。人を上から目線で見る最悪な価値観だ」と断言する。石川はまた、人を愛することと、その人が属する制度を嫌悪することは両立し得るとも語っている。

残りの5点は『Life in Philly』シリーズからの作品である。沖縄で親しくなった元兵士の友人マイロン・カーがフィラデルフィアに戻った後、1986年に2か月間彼を訪ねた。そこではアフリカ系アメリカ人コミュニティの都市部における貧困と、同時に存在する喜びの瞬間が描かれている。これらの写真は東京のミノルタフォトスペースで展示された。2015年には東松照明によるテキストを付した写真集が出版されている(出典:wikiwand)。

ビエンナーレと同時期に、チェルシーのアリソン・ブラッドリー・プロジェクツ・ギャラリーでは石川のアメリカ初の個展 『Rogue』が開催中だ(4月16日〜6月6日)。30点以上のヴィンテージ写真には、ビエンナーレ未出品のシリーズの作品に加え、『港町哀歌(A Port Town Elegy)』(1990)の作品が含まれる。これらは、那覇市安謝新港で石川が10年間営んでいた居酒屋に出入りしていた荒々しい漁師や港湾労働者たちを撮影したものである。『My Family』(2001〜2005)では、大きな手術を経た後の自身にカメラを向けている(彼女は2000年以降、がんと闘っている)。

石川真生 Self Portrait (c. 2001 2002) gelatin silver print (27.9 x 35.6 cm)© Mao Ishikawa. 石川真生/アリソン・
ブラッドリー・プロジェクツより提供

石川はこれまでに沖縄県立博物館・美術館(2021年)、東京オペラシティ アートギャラリー(2023年)、英国ウォーリック・アーツ・センター内ミード・ギャラリー(2025年、ヨーロッパ初の美術館個展)などで個展を開催している他、少なくとも10冊の写真集を出版している(一部自費出版)。

石川真生 個展『Rogue』アリソン・ブラッドリー・プロジェクツ・ギャラリー 撮影:Dario Lasagni

石川の作品から、同世代の女性写真家が2人が頭に浮かぶ。一人は石内都(1947年生)で、母親が横須賀の米海軍基地で運転手として働いていた背景を持ち、『横須賀ストーリー』(1976-78)で知られる。もう一人はナン・ゴールディン(1953年生)で、1970〜80年代にニューヨークのイーストヴィレッジでドラッグ依存と闘うLGBTQ+コミュニティの人々を撮影した。さらに一世代前には、ダイアン・アーバス(1923–71)がストリッパーや知的・発達障害のある人々、中産階級の家族など、社会の周縁にいる人々を撮影している。 


この続きは5月12日(火)発行の本紙(メルマガ・ウェブサイト)に掲載します。

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴39年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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