New York, New Japanese Artists(2)
ニューヨークの精鋭日本人アーティスト(2)
依田洋一朗 ストーリーテリング:時間軸を超えた過去と歴史が交錯するドラマ
劇場と歴史を追って。
ルーツは環境と劇場とメタルロック
依田洋一朗の絵画作品には、どこか物憂げで不思議なストーリーを孕む。作品解説で描写された歴史を読まなくても、おそらく歴史上の、あるいは過去の記憶を呼び起こすよう断片が潜み、画面に吸い込まれる。
1972年 に香川県高松に生まれ、生後3ヶ月でニューヨークに移る。両親とも画家で、生まれた時から日々の生活にアートがあり自身もアーティストになるという選択には何の躊躇いもなかったのだろう。映画館や劇場が隣接するミッドタウンに居住していた幼少期は、毎日のように映画を見て過ごした。中でも1910年ごろのサイレント・フィルムには特に惹かれたという。またMoMA(ニューヨーク近代美術館)は庭代わりだった。彫刻庭園を駆け回っていた。フィオレオ・H・ラ・ガーディア芸術高校卒業後、フィラデルフィアの美術大学タイラー・スクール・オブ・アートに通う。依田の作品を代表する『シアター・ペインティング・シリーズ』は大学時代から描き始めた。描写されるのは42丁目界隈の歴史ある劇場だ。建物それぞれに違いがあるが、無観客な劇場で映画が上映されている構成が多い。ある日、大学から帰省した際にバスから見た42丁目の古い劇場に突如として奇妙な感情が芽生えたという。以来同シリーズはライフワークとなっている。1998年にクイーンズ・カレッジで修士号を取得。2002年から制作活動を続けながらメトロポリタン美術館の警備員として10年間勤務した。2020年から制作している『メトロポリタン美術館警備員シリーズ』には展示室を背景に警備員や館内での出来事などがドラマのように脚色される。1997年にグループ展でデビューして以来、数々の個展やグループ展が米国のほか日本でも開催されている。2016年には瀬戸内国際芸術祭で女木島(めぎじま)に映画館「女木島名画座」を作った。取り壊された42丁目の劇場が舞台だ。ドキュメンタリー・フィルム『42丁目、終焉の日々』(1994-2003年)も上映され好評を得ている。このような制作活動を支え、活力となっているのはメタルロックだという。作曲や演奏活動にも積極的だ。温厚な人柄からは意外な側面だが、中学生時代にいじめられて喧嘩ばかりしていた頃に当時通っていたレコード店でたまたまメタルに出会っ
たのがきっかけで、のめり込んだ。「メタルは一般的には不可解で近寄り難いイメージがあるようで、メタルを聞くような奴には関わるなってことで、不良たちから一目置かれる存在になった。僕にとってメタルは人生を変えるほどパワーをくれる。エクストリームなの。一生懸命、思いっきりやらなくちゃならない。高度なテクニックも必要なの」と熱っぽく語る。

歴史や記憶が時間軸を超えて交差し、ストーリーとして蘇る
「失われた過去や歴史をアートで残したい。作品を描く前に必ず歴史を調べ、時間をかけて勉強します。些細な点も見逃したくないのです」。2023年の新作『ザ・ロング・ルーム(フランセス・タバーン)』ではジョージ・ワシントンが登場。歴史的な部屋を背景に現代風の女性が牡蠣をテーブルに落としている。描かれた登場人物は生命を吹き込まれ個々の役割を演じているかのように配置される。ちなみにジョージ・ワシントンとの関わりはメトロポリタン美術館で警備員をしていた時の作品に遡る。これまでに制作された作品も同様に登場する人物や背景に個人的な繋がりがある。
また、しばしば主人公的に描写されるミステリアスな女性は「大好きな女の子」や妖精だという。配役一人一人にストーリーを孕むのだ。目下の目標は、ニューヨークの歴史的な港「シーポート・シリーズ」と、時代の流れで廃業したペンシルベニア・ホテルのシリーズを完成させること。「年を重ねて現代的生活への興味が消えてきた。J .R.R.(ロード・オブ・ザ・リングの作者、J.R.Rトールキン)や神話を深く勉強したい。フィンランドやスカンジナビアの風景に憧れる。人工知能では不可能な現実の風景を描きたい」と目を輝かせる。世界観の飽くなき追求は続く。



梁瀬 薫(やなせ・かおる)
国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。
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