2026年6月12日 NEWS DAILY CONTENTS

「私らしさ、は後からついてくる」デザインを武器にNYで生き抜くアーティスト、中鉢ふうこさん

ニューヨークを拠点に活躍するグラフィックデザイナーの中鉢ふうこさん

「日本人であること、つまり私であるということ」ニューヨークでアートディレクター、グラフィックデザイナーとして華々しく活躍する中鉢ふうこさんにインタビューをしていると、こんな言葉が飛んできた。

ニューヨークを拠点に活躍するグラフィックデザイナーの中鉢ふうこさん

ビヨンセやマライア・キャリーなど、世界的ディーバのアートディレクションも担当してきた中鉢さん。現在は自身のクリエイティブ事務所、Hachikin Creative(ハチキン クリエイティブ)を立ち上げ、10年を迎えようとしている。

語学留学で単身ニューヨークにやって来て、独自の売り込み、また“日本人マインド”でキャリアを築いてきた彼女に、これまでの軌跡や今後の展望を聞いた。「時代や流行は変わっていくけど、人の心が動く理由は変わらないと思っている」。デザインの世界を通して、ニューヨークで活躍する中鉢さんの生きざまとは?

作った作品をコピー室に置きっぱなしに

── ニューヨークでのキャリアの始まりはどこにあったんですか?

元々は日本の広告代理店で働いていて、その後ニューヨークへやって来ました。最初はF1ビザで語学留学生として来て、その後に就職活動をしてソニーミュージックに入り、14年ほど働き独立して、今のハチキン クリエイティブを立ち上げました。

ハチキン クリエイティブでは、街のさまざまな飲食店やバーなどのグラフィックデザインやブランディングを手がけている

── 日本の広告代理店から学生を経て、ソニーミュージックへ

本当はそのままニューヨークでも広告代理店に入りたかったんです。いろんなジャンルの仕事をするのが好きだったので、車の広告をしたと思えば、アイスクリーム屋さんの広告があったりと、携われる業種がバラエティ豊かなことに魅力を感じていたのですが、当時のニューヨークの広告代理店で仕事をするにはハードルが高すぎて。

例えば、「新商品のアイスクリームを10代のラテン系の子に売りたい」と言われても、私はアメリカ育ちではないので、すごく難しいなと感じて。日本だと自分が通った道だし、「18歳の子はこういうのが好きかな?」とか分かるんですが、アメリカのマーケットは私にとってあまりにもハードルが高くて、自分の良さが生かせないんじゃないかと。そんな時に音楽業界に出会いました。

中鉢さんがアートディレクションを担当したマライア・キャリーのアルバム「1 To Infinity」

── 音楽業界は全く新しい分野だったんですか?

日本の広告代理店で少しだけ、ソニーミュージックのアーティストプロモーションには携わったことがあったのですが、そもそも音楽が大好きで。音楽は言葉を用いているけど、国境を超えるじゃないですか。そこに魅力を感じましたね。

── 少し経験があったといえど、最初は苦労されたのではないでしょうか?

まず会社に入ったら、オフィスがいきなり個室だったんです。私みたいな新人アートディレクターに、ホテルみたいな冷蔵庫や最先端のスピーカーが付いた個室が与えられたんです。でもそんな素敵なオフィスに毎日出社するのに、誰にも会わないし、同僚にも会わないし。毎日「え、なんか思っていたのと違う?」となっていて。29階のマンハッタンを見渡せるオフィスにいながら、「みんな私がいることに気づいてない!」と焦り始めて。

その頃から、たまにドアが開いている人に「ねぇ! 私、時間があるから何か手伝えることがあれば声かけてね」と、言い回ったりしていて。そしてある日、デザインしたものをコピー機に置きっぱなしにしていたら、上司が来て「これ、君のデザイン?」と聞かれ、「そうですよ」と言ったら「今度こういう感じで、別の広告のデザインをしてほしいんだけど、やってみる?」と。

それで「これは使える」と思って、その日からデザインするたびに、あえてコピールームにプリントを取りに行かない、というのをやっていたんです。そしたら自然といろんな人が「これ忘れてるよ〜!」と持ってきたりしてくれて、「取りに行くの忘れてた」と言いながら自分のデザインをアピールする、“コピールーム戦略”というのをやっていました(笑)。

ビヨンセから「次も一緒にやろう」

── もしかして、それでビヨンセのアルバムも・・・?

そうなんです。コピールーム戦略を繰り返していたら、急にデスティニーズ・チャイルド時代のビヨンセのシングルの話が来て。「締め切りがすぐなんだけど、何人かのアートディレクターからデザインを集めてて、参加してみる?」と言われ、「やるやる!」と徹夜してデザインして、選ばれました。

2003年にリリースされたビヨンセのソロデビューアルバム「Dangerously in Love」

その時は「寝ないでやった」とかはあえて言っていないですが(笑)。そこから気に入ってもらえて、ビヨンセからも「次も一緒にやろう」と声をかけてもらえるようになって、というのがスタートでしたね。

待ってても何も言ってくれない。この街では自分から声を挙げていかないと、何も来ないんだなと。そんなところに苦労しましたね。

── 存在をアピールしないと、置いていかれる街ニューヨーク・・・。

日本はコツコツ努力していれば、きっと誰かが見てくれている!といった考えもあるけど、ニューヨークは人も多いし、人種もさまざまだから、「この街に、その考えはないな」って、数カ月して気づきましたね。”やばい、これは戦略考えなきゃ”というのが、たまたま私の場合は「コピールーム」だったということです。

その後もビヨンセのアートディレクションを任された中鉢さん

── 他には何か、上に行くために戦略的に考えていたことなどはありますか?

いいプロジェクトに参画するためには、みんなでアイデアを出し合って競い合うコンペがすごく多かったので、どういう風に自分らしさを出していくのかを考えるのは結構大変でしたね。いいデザインをする人は他にもいくらでもいて、プレゼンが上手な人もいくらでもいる。絵が上手な人もいくらでもいるし。だからここまで来たら、自分らしさや個性が大事になってくるのですが、そこに行き着いた時に「そもそも自分らしさってなんだろう?」って思ったんです。

その時、アートディレクターは日本人で私一人だけの時期もあったので、「日本人」であることが売りなんじゃないかと思って。ありがたいことに世界が抱く日本の印象はとても良いので、「先人が築き上げてくれた、日本の価値を利用させてもらうしかない」と、日本人として育んできたデザインに関する繊細さなどをより考えていくようになりました。

── 海外に住むからこそ考える、日本人らしさ、また”自分らしさの壁”は?

無理してアメリカ人になる必要はないし、ニューヨーカーになる必要もない。日本人であること、つまり私であること。その“私らしさ”というのも、気付いたらついてくるんだな、というのは後から分かったことです。

20代後半までは、ヘビメタやヒップホップの他にもクラシック音楽の仕事も来るし、とにかくいろんなジャンルのものが来るんですよ。いつか自分が好きなジャンルとか、自分の好きなタイプの仕事がしたいな、というのはあったんですが。仕事なので選べないじゃないですか。

与えられた仕事をこなすのが日本人魂なので、「黙々とやりますよ」といった感じでいろいろやっているうちに、ビヨンセをやり、ケリー・ローランドをやり、気付いたらブランディーとかジェニファー・ハドソンとか、ディーバの仕事がすごく続いてきて。

2014年にリリースされたアッシャーの「I Don’t Mind」

そうしていると、自然に「Divaのデザインならふうこさんだよね」みたいな感じになってきて、「新人でR&Bで、ビヨンセみたいな雰囲気にしたいんだよね。ふうこさんにアートディレクション任せていいですか?」みたいな。それが、何年もかけて築いた“私らしさ”の結果なんだなというのを感じましたね。

「失敗した結果は最大の財産」

── ひたすら、目の前にあるものを一生懸命やる時期もあっていいということですね。

みんな最初は「お洒落なデザインがしたい、かっこいい仕事がしたい」ってあると思うんです。でもそこにたどり着くまでは時間がかかる。たくさんの経験しながら、自分らしさや強みを作っていく。それがポートフォリオになって、自分のスタイルに繋がって、選ばれるデザイナーになっていくんだよ、と。

20代はもがくし、探して迷い、間違って。失敗した結果はやっぱり最大の財産になる。この年齢で失敗すると立ち直れないことが多いけど(笑)。若い頃の失敗ほど財産になることはないんじゃないかと思っています。あの経験があったからこそ今がある。どんどん恐れないで失敗していいと思うし、それを乗り越えていかないと、自分の行きたいところに辿り着けない。

ソニーミュージック時代に中鉢さんが立ち上げた独立系ウェブマガジン、HEAPS MAGAZINE

── 今、中鉢さんがいる場所は、どんな場所ですか?

独立してからハチキン クリエイティブを立ち上げて、来年で10年目です。技術は今の時代、どこにでも転がっているじゃないですか。フォトショップやチャットGPTやいろんなツールがある中で、うちの会社としては「判断する力」を大事にしていて。時代や流行は変わっていくけれど、人の心が動く理由はそこまで変わらないと思っていて。

どんなに手法が変わっても、心が動かされる理由は人間である限りそこまで変わらないから、トレンドを読みながらも情報に振り回されすぎないで、ブランドの感性や観察力を育て続けていくのは大事だなと思って頑張っています。小さいチームですが!

取材・文/ナガタミユ
写真/本人提供

                       
合わせて読みたい記事
RELATED POST