ウィットに富んだ、愛のあふれる作品で日本国内で数々の文学賞を受賞。「漁港の肉子ちゃん」をはじめ、複数の小説が映画化されてきた日本が誇る小説家、西加奈子。イラン生まれ、エジプト育ちで、大阪出身という珍しいバックグラウンドを持つ彼女だが、昔からアメリカ、特にニューヨークには「なんでここまで?」というほどの強い思いを持っていたという。

今回はそんな西の長年の夢が叶い、アメリカでの英訳出版が決定。日本で認知度を高めるきっかけとなった「さくら」がアリソン・マーキン(Allison Markin)によって翻訳され、「SAKURA」として英語圏デビューを果たした。長年思い続けてきた英訳出版、また“憧れの地、アメリカ”について、インタビューをした。
「日本人はアイラブユーを言わない」
日本では売れっ子の作家でありながらも、信頼できる編集者、翻訳家、そして現地の出版社の歯車が合わない限り、たどり着くことのできない「英訳出版」。西自身も10年以上にわたり目指し続けてきたが「ハードルがものすごく高かった」と振り返り、「憧れの土地で、夢みたいな気持ちです」と喜びをあらわにする。

原作の「さくら」は2005年に日本で発表された小説。さくらという犬の目線から見た、とある家族の形や日常が描かれる。どの家族にも存在する普遍的な愛を描きながらも、それぞれの家族が持つ色や形を繊細に表現し、愛の“正解”を読者に投げかける。
ちなみに西が同作品を発表したのは、26歳の時。「20年以上前に書いた日記をみんなに読まれるみたいな気持ちを想像してほしい(笑)。読み返していて、叫びたくなるようなこともあったし、知らないことがたくさんあったからこそすごい力があったし、強かったし、大胆だった。なので、恥ずかしいけど、当時を誇りに思います」

小説を書くに当たり、その時に自身が抱えるテーマに言葉を吹き込んでいく西。当時のテーマは「愛の解体」だったといい、「例えば、アメリカ人はめちゃくちゃアイラブユーって言うでしょ?日本人はほとんど言わないんです。特に家族間では確実に。だからそんな愛を自分たちのサイズ、カラーにして、『家族ってなんだろう?』『愛ってなんだろう?』と解体してみたかったんです」と話す。
「またアメリカ憧れが強かったことから、映画をたくさん見ていて、『アイラブユー』を言い合う家族を見ながら、自分の家族を見ると『全然言わんなぁ、うちら』と気付いて、そこには何があるんだろう?というところからスタートしたというのがありますね」

「アメリカはナンバーワン」と憧れ
“アメリカ憧れ”を認める西だが、きかっけは彼女が幼少期から見てきた・触れてきたものにあったといい、「私たちの小さい頃って、アメリカが世界救った映画を何回見させられたことか」と微笑む。映画やドラマ、エンターテインメントにおいて長けたアメリカから、「ナンバーワン」と感じ取りながら、そこへ漠然とした憧れを抱き続けてきた西。「それが面白いなぁとも思うんです」

「渡辺直美さんとかすごい方なのに、『ニューヨークに打って出る!』と頑張ってはって。やっぱりアメリカで認められてこそ、みたいなシンパシーはまだあるんだなと思っていて。私の場合は、アメリカで本を出すことは10年前からずっと夢を見ていたことだったんですけど、『なんでこんなにアメリカに憧れてんの?』と分からなくなった時期もあって。それでカナダに一度住んで、日本の素晴らしさも再確認したので、すごく良いタイミングでした。昔だったら、もっと気負ってしまっていたかもしれないので」

10年間憧れ続けたという英訳出版。これまでも何度か「PEN World Voices Festival」をはじめ、アメリカでのイベントに参加し、ショートエッセイの英訳、また日本語と合わせての朗読などを行い、アメリカでの反応も捉えながら、今回初めて丸ごと一冊の完成版が出来上がった。
翻訳家は「完全に信頼している」
冒頭でも触れたが、英訳出版には数々のハードルがあり、その中で最も高い壁となってくるのが「翻訳家」。今回「SAKURA」を担当した翻訳家のアリソンは、お互いをよく知る友人でもあり、これまで「コンビニ人間」で知られる村田沙耶香や川上未映子など、日本で人気を集める数々の現代作家と手を組んできた敏腕翻訳家だ。

自分の言葉が他者によって他言語の表現になる。そこに作家としての不安などはないのか?と聞くと「彼女のことを完全に信頼しているので、どんな風に英語にしてくれるのか、と楽しみなんです」と即答。
西の作品は、彼女の持ち味である関西弁が醸し出す独特なユーモアが散りばめられており、日本のファンにとっては「どうやって訳されるの?」と気になるとこだが、インタビュー前に行われたイベントで、アリソンは西の作品を翻訳するに当たり、「関西弁も含めて、日本語には特に言語に根付いた文化が深いので、文字として表せないものが多い。でも私はそんな部分を“説明しよう”とするのではなく、私が彼女の作品を読んだ体験を“再現しよう”と努力しています」と語っていた。
西さんの持つ柔らかで温かい日本語表現が、アリソンの体験によって「SAKURA」となったのだ。
◇
今後も日本語作品はもちろん、英訳出版にも積極的に取り組んでいきたいという西。
「何事もなのですが、最初って感慨深いじゃないですか。私にとってはこの『SAKURA』が英語圏でのデビュー作なので、フレッシュな気持ちがあります。英語、日本語にも関わらず、私は書き上げたらゴー!なので、どんな風に呼んでいただいてもかまいません。犬のさくらのように、この作品もリードを離してどこまでも走っていって、みんなに愛されたらうれしいなと思いますね」
取材・文/ナガタミユ
写真/国際交流基金
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