ハワイは8つの主要島と124の小島からなる群島で、全長は2,450km(1,520マイル)に及ぶ。最初の住民は、西暦300年頃にポリネシアから到来した可能性があり、その後940年から1200年の間にもさらなる移住があった。強力な首長や祭司が台頭し、土地の権利をめぐる争いが生じた。ヨーロッパとの最初の接触は1778年、イギリスの探検家ジェームズ・クック船長が大西洋と太平洋を結ぶ北西航路を探して訪れたときである。1779年、3度目の航海で再訪した際、盗まれた小舟をめぐる衝突が拡大し、対立に発展した。少数のイギリス隊は現地住民に圧倒され、クックは殺害された。イギリス海兵隊員4名とハワイ人約17名が死亡した。これは文化的誤解と、クックの不安定な気性が原因とされている(Aayush Agarawal『Captain Cook’s Last Voyage: Paradise Lost in the Pacific』2025年)。
1795年、カメハメハ1世のもとで諸島は統一され、ハワイ王国が成立した。19世紀初頭にはアメリカの捕鯨船が越冬地として訪れるようになり、探検家や商人、冒険家の来訪が増加した。1820年にはニューイングランドから最初の宣教師団が到着し、ハワイ文化に不可逆的な変化をもたらした。少数ながら影響力の大きい白人層が王政に影響を及ぼすようになった。1848年の「グレート・マヘレ(大土地分割)」により私有地制度が確立。フランスやイギリスの利害も存在したが、次第にアメリカの影響力が強まった。1875年の米ハワイ通商条約によりアメリカは特権的な経済利益を得、1887年の更新時には真珠湾に海軍基地を設置する独占的権利を獲得した。1893年にはアメリカおよびヨーロッパ系の実業家が米海兵隊の支援を受けて王国を転覆させ、1900年にはマッキンリー大統領のもとでアメリカ領に併合された。
5大砂糖企業が生産量の94%を担うプランテーション経済は、ハワイの経済、土地利用、政治を大きく変え、地主層に有利な構造を作り上げた。州昇格をめぐっては、代表権のないままアメリカに税を納める問題が争点となった。1941年の日本による真珠湾攻撃は、アメリカを太平洋戦争に参戦させ、軍事活動の増加と市民的自由の制限をもたらした。ハワイは1944年10月まで戒厳令下に置かれた。戦後、1959年に州となった(出典:Britannica)。航空旅行の発展により観光業が拡大し、経済は成長した。土地利用はプランテーションから転換され、ハワイ先住民の土地は新たな開発地となった。1980年代には、先住民が主権の回復や、王国の併合に対する補償を求め始めた。独立国家の再建を主張する者もいれば、アメリカ先住民と同等の連邦認定を求める者もいた。1993年、ビル・クリントン大統領はハワイ王国転覆におけるアメリカの関与を公式に謝罪し、法的にハワイの主権を認めた。これは道義的・歴史的正当性を強めたが、主権回復には至っていない。ハワイ先住民は今なお歴史的な土地喪失に対する補償を待ち続けている。
『kekahi wahi』(英語で「どこかの場所」)による映像作品は、2020年に映画作家サンシア・ミアラ・シバ・ナッシュ(1997年生)とアーティストのドリュー・K・ブロデリック(1988年生)によって設立された草の根的プロジェクトで、物語を通じてハワイ諸島の変容を記録している。約20分の映像は、共同制作に携わった5人の仲間が出演し、そのうちの3人がハイカットのボディースーツ姿でエクササイズを披露するパロディ形式である。インスタグラムのようにハートやコメントが画面上に浮かび上がるユーモラスな演出に思わず足を止めたが、その後徐々に内容の深刻さに気がついた。撮影はケアラケクア湾のクック殺害現場近くにあるクック記念碑の前で行われた。ワークアウトの背後にはクックの上陸や死を描いた歴史画が映し出され、海岸や周囲の自然の映像も挿入されている。サンシアは口承史を強調し、それをデジタル化している。

さらに、カイノア・グルスペ(1995年ケンタッキー州生まれ、ハワイ在住)による小彫刻と平面作品がある。作品解説(キャプションのQRコード)によると、彼のお気に入りの散歩コースは1890年代に真珠湾沿いに敷設された古い鉄道跡である。この鉄道は砂糖プランテーションを支え、後には真珠湾海軍基地への建設資材輸送にも使われた。グルスペは「鉄道こそがすべての問題の原因だ」と語る。彼が拾得物と関わり、それを形作るプロセスに魅力を感じた。考古学的出土品のようなタグは、それらの真正性を強調している。これらの作品はドアストッパーとして表現されていて、過去と未来への扉を開くための支えと考えると、芸術の役割を示す優れた比喩と言える。

文/中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴39年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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