ニューヨーク在住の日本人コミュニティー、特に駐在員と帯同ご家族の皆様に向けてお届けするシリーズ。第9回は、医学生からレジデント、そして現在に至るまで、全ての医学トレーニングをニューヨークで積んだノースウェルヘルスの皮膚科医、森翔子先生に「心のケア」について聞きました。

1. 普段の診療で、患者さんやご家族の心の負担を感じるのはどんな瞬間ですか。また、そんなとき、先生はどのように対応されていますか?
私の病院では、患者さん全てに対して、うつのスクリーニング質問を行うことになっています。ただ、日本人の患者さんは、こうした質問にはあまり本音で答えてくださらないことが多いんですね。それよりも、診察中の何気ない会話の中で、ふと見えてくることの方が多いんです。「周りに支えてくれる人はいますか」といった話をしているときに、ぽろっと出てくる。
皮膚科では塗り薬の使い方や、処置後の傷のケアを説明する場面が多いのですが、そのやりとりの中で「実は家に誰もいなくて」と、一人暮らしの現実が見えてくることもよくあります。だからこそ、私だけでなく、看護師やスタッフみんなで「いつでも声をかけてくださいね」といった姿勢を大切にしています。それから、日本語で書かれた相談先の一覧のようなものを患者さんにお渡しできたら、と前々から思っていて。ここはまだまだ私たちが良くしていける部分だと思っています。
2. 皮膚科の分野で、心のケアの重要性を実感した具体例は?
意外に思われるかもしれませんが、皮膚科と精神科には実は大きな重なりがあって、数は少ないものの、両方の専門医資格を持つ先生がいるくらいなんです。代表的なのが、皮膚を掻きむしってしまったり、髪やまつ毛、眉毛を抜いてしまったりする「習慣性チック」と呼ばれる症状です。私の診察室でも決して珍しくありません。
話を聞いていくと、仕事や私生活など背景にあるストレスがほぼ必ず見つかるんですね。つまり、最初に向き合うべきは皮膚の症状ではなく、その根っこにある心の方なんです。こうした患者さんの約半数は既に専門家のケアを受けておられます。しかし、残り半数の人にとっては、自分の悩みが皮膚ではなく心の問題だと知ること自体が初めての経験です。だからこそ、数回の診察に分けてでも、丁寧に繊細にお伝えすることを大切にしています。それに、心の健康は治療そのものにも関わってきます。心がつらい状態だと、薬を続けたり通院したりする力そのものが出なくなってしまうんです。
3. 患者さんが心の不調を抱えているとき、他の医療機関や専門医とはどのように連携していますか?
多くの患者さんには、かかりつけ医(プライマリー・ケア・ドクター)がいらっしゃいます。実は、いろいろな専門医をつなぐリーダーであり調整役は、このかかりつけの先生なんです。患者さんとかかりつけ医の間にしっかりとした信頼関係があると、皮膚科に限らず、健康全体で必要なケアにぐっとたどり着きやすくなります。私自身、患者さんを一番いい形で支援につなげられたときは、いつも素晴らしいかかりつけの先生を通じてでした。
4. 先生の施設では、患者さんが安心して相談できるような体制はありますか?
来院時に必ず行うスクリーニングに加えて、心のサポートの相談先をまとめた1ページの資料を、病院全体で患者さん全てにお渡ししています。資料にはウェブサイトと電話の相談窓口が載っていて、誰でも支援につながれるようになっています。ただ、日本語でのメンタルヘルスの紹介先となると、病院の仕組みとしてはまだ整っていないのが正直なところです。だからこそ、日本語で対応できる専門家の情報は本当に貴重だと感じています。
5. 身近な人が心の不調を抱えたとき、どのように向き合いましたか?
まず、聴くことだと思います。私たち医師は、つい早く解決策を出そうとしてしまうんですね。もちろんそれも大事なのですが、その前に、相手が話したいことを話せるように、ただ耳を傾ける。この最初のステップの大切さは、もっと知られていいと思っています。私は1日に30人から35人の患者さんを診ていて、お一人にかけられる時間は10分ほどしかありません。それでも、「全部は話せなくても、今日一番大切なことからお話ししましょう」とお伝えしています。それが心のことでも、もちろん構いません。
6. 最後に、読者にメッセージをお願いします。
ニューヨークの素晴らしさは、リソースの豊富さと、「弱さを見せてもいい」という文化にあると思います。この街にはあらゆる分野の専門医がいて、治療のために世界中から多くの人が集まってきます。そのことは、日本人の皆さんには意外と知られていないかもしれません。医療において小さすぎる相談なんて一つもありません。どんなに珍しい病気でも、どんなにありふれた悩みでも、ニューヨークでなら必ず助けが見つかります。どうか恐れずに、この街の強みを最大限に活用してください。

ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)
ワン・マインド(One Mind)/コロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボ(Columbia University Mental Health + Work Design Lab)職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリスト スタンフォード大学病院 ハートフルネスフェロー
父の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼い頃から、日本人駐在員とその帯同家族が精神的な困難に直面していること、また日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカでは十分ではないことを実感。現在はワン・マインドとコロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内本社と海外支社の駐在員および帯同家族が直面するメンタルヘルスケアの課題に取り組む。同時に、企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。2026年、ニューヨーク日系人会(JAA)と米国日本人医師会の理事に就任。兵庫県神戸市生まれ。















